中高年の社会復帰とプライド

こんにちは、CMBOです。

約11ヶ月の休職期間を経て、6月上旬に社会復帰。それから約2ヶ月が経過しました。会社には復職プログラム的なシステムは無かったのですが、流石に体力面を考慮してくれ、最初の1週間は半日出勤、その後も専属で何かの担当になる事は無くもっぱら単発的な仕事をコツコツこなす毎日です。

しかし必然的に作業系の業務が主であり、猛暑が深まるにつれ肉体的疲労が蓄積されていっております。20時頃帰宅して食事を済ませて1時間くらいテレビを見てシャワーを浴びて、、、23時頃にはベッドに入る毎日です。ブログも以前は3日に1回はupしていましたが、最近はネタを考える体力もなく、しばらくはノンビリとした投稿になりそうです。

復職時少し気になっていたのが「同僚は私の事をどう思っているのか?」という事でした。もちろん、私が休んでいる間作業を負担してくれた上司・後輩達には申し訳ないという気持ちがあります。ただしそれはそれで復職したら自分のペースで頑張って恩返ししていくしかない、と割り切っていました。

色々ヒアリングしていくと時期によってはかなり大変な状況の時もあったらしいのですが、会社の承認をもらって休んだわけですし、引き継ぎもキチンと行ったのですから卑屈になることはないのです。以前の私なら『申し訳ないと思う気持ちをどう表現していいかわからない』と感じたと思うのですが、長期間治療に取り組む中で「残りの人生は人の目を気にすることなく自分がやりたい事を選択する人生にしよう!」と決めた事を良い意味で実践出来ている気がします。

第一、みんな私の事を対して気にしているわけではないのです。元々そんなに仲がいい同僚はあまりいないというのもあるのですが、社内が諸事情で非常にバタバタしており、多くの社員が他人に興味を示す状況では無いようなのです。更には「ガン」「休職」「自宅療養」というワードはそれを経験したことのない人には中々ピンと来ないようです。

私は前に勤めていた会社で心を病んだ際、その時の支店長から「で、その病気はいつ治るの?」と聞かれた時の腹立たしさは忘れることはありません。今の会社では流石にそんな事を言う人はいないですが、やはり病気であろうと骨折やインフルエンザのように段階的に後戻りする事なく回復していくものであるという認識が大半のような気がします。

例えば「免疫力が低下しているので気をつけなければならない点」については、例を上げて説明すればするほど聞く側は混乱していくような気がします。私の表現力の問題もあるのかも知れませんが。。。。でもキチンと説明・報告しておかなければならない大事な事なんですよね。

最終的には「自分の体は自分で守らねばならない」と改めて思い直しました。人に期待してもそれが叶わなかった時ダメージが大きいですからね、最低限の報告義務はあるのですが、「ヤバい!」と思ったら堂々と自己主張して状況を悪化させないよう自らを守るべきだと思っています。

『ながらワーカー』『ながら勤務』というワードも聞かれるようになりましたが、まだまだ発信し始めた段階であり、一般に広まるにはまだまだ時間がかかりそうな気がしています。

後、現実的な問題としては、役職も下がり、それに応じて給与も大きく減ってしまった事。やはり人によってはこの部分で無理して早期に復帰されるケースも多いかと思います。背に腹は変えられませんし、治療に関する費用も相当かかりますし、誰だって「早く取り返さなきゃ」という気持ちになるかと思います。

私に場合、幸いにして障害年金の受給資格を得ることが出来ましたし、それに付随して加入していた生命保険の給付金の対象にもなり、しばらくは金銭の悩みは後回しで行けそうな状況です。

ただやはり、復帰後は30過ぎくらいの社員と同等の立場になり、彼らに気を使いながら仕事をしていくのは、考えようによっては辛いのかもしれません。50前位の勤め人だったら、それなりに一歩一歩役職の階段を上がりながらの人生だったでしょうし。私もまあ、そうだったんですね。

ただその状況は遅かれ早かれ訪れたと思うのです。私の勤務先も他と同じように役職定年的な人事が始まり出しましたので、管理職だったとはいえ会社の中心にいたわけではない私はいずれそこに引っかかったはずなんです。下手すると病気で休職にならずとも現在その状況だったかも知れません。

身体が不完全ながらも、慣れない立場での仕事、どうしても作業が中心となりがちです。急に大病を宣告され、必死の思いで治療に取り組みなんとか職場復帰しても、もう充実感を得られる立場では無くなった。病気が全てを奪っていった、そんな気持ちになったりしている方はいないでしょうか?

私自身、その間自分を見つめ直す期間があったのですが、それがなければ間違いなくそんな考えになっていただろうと思います。そして私はひとつの考えを貫き通せば自分のプライドを傷つけることもなく後からこうすれば良かった、と悔いることのない思考方を見つけました。

それは、“全てのことについて一旦自分がやりたい方法を決める”という事です。

なんだか当たり前のことを随分もったいぶって太字にしておりますが、私はこの考えを自分の心の柱とすることによって随分と気持ちが楽になりました。勿論、私は経営者ではありませんから、決めた事を全て実現出来るわけではありません。いや、大半の決断が修正を迫られます。

でもその時は対処すべきレベルに応じて考え直せば良いのです。もう私は結論っを出したり決断を迫られるたちばではないのですから、地位とか立場に固執して何もこだわる必要はないのです。一回自分なりの気持ちを固めておけば、修正が入っても何故かプライドは保たれるのです。

なんてことはない話なのかも知れませんが、私は結局自分が無く、色々と結論を出す場面でも無意識に人から批判が来ない、異論が出ない方向にすり寄って答えを出す人生を歩んできたのです。まあ、リーダーに向いているタイプではないですね、(笑)

私は復職後の業務上の話し合いにおいて、何度か自分が本当にやりたいことを主張し、それがすんなり認められた事が2度ほどあったのですが、こんなにも気持ちが良いものかと思いました。今まで如何に人に気を遣った人生を歩んできたかの表れであると思います。

中高年の大病は治療中も回復後も色々と精神的な面で切り替えが必要になってくるという事を実感しました。しかしそんな状況はいずれ訪れるのです。何年か先に。

もう今のうちから、気持ちだけ第二の人生を歩みだすのも良いのではないかと思います。今の生活と二股でいいんですよ!今のうちから物の見方の角度を変えておくときっと自分にいい事があるはず! と私は思います。

今日はこんなところです。それでは、また。

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