今僕は幸せです。

こんにちは、CMBOです。

今回はつぶやき的なお話。幸せについて考えてみました。

私は父は数年前に亡くしましたが、母はまだ健在。実家は私の住むマンションから車で20分くらいかかる高台の住宅地の2階建ての1軒屋に一人で暮らしています。年は70台後半。ブログでも再三登場する私の人生には欠かせないキャラクターです。

すっかり耳が遠くなり最近はまともに会話できない状態、しかし超自己愛の母はそんなこと意に介していません。会話では自分が言いたいことだけを主張し、相手の話は聞かず、何か聞かれても全く別の話題で切り返すという荒技を開発しコミュニケーションを取っているつもりなのです。

もともと人の話を聞かない性格なので、耳が聞こえている時でも結構その傾向は顕著で、そんな事をやっていたら当然周囲や親戚の人たちと再三トラブルになっています。

相手のいい話を思い込みでみんなに広めるならまだいいのですが、聞き違えた悪い話を広めてしまうのですからそりゃあ相手は怒ります。でも肉体は凄く元気なんです。「足がフワフワ震える」といつも涙をこぼしていますが、ドスドスと力強い足音で家の中を歩き回り、人の悪口を言う際は一転実に野太い迫力のある声になるのです。

人の気持ちを理解できないことは、その分ストレスが他人より少なく、それが長生きにつながるんだろうなあ~と勝手に思っています。間違いなく私より長生きしそうです。

そしてその母がいつもの言うのが「~は幸せそうである」「~は惨めだ」という他人への評価です。

母の幸せ度の基準というのが

  • 子供が同居している。
  • 嫁への頼み事は最優先で聞いてくれる。
  • ステイタスの高いエリアの一戸建に住んでいる。
  • いつも品がよく高そうな服を着ている。

全く持って俗物的で、心が乾いた人間の象徴という気がします。

そして不幸度の基準というのが

  • お金に苦労している。
  • みすぼらしいカッコをしている。
  • 狭い家、もしくは賃貸に住んでいる。
  • 人と変わったことをしている。

というものです、この内容をはしょっちゅう口にするのです。

特によく話しに出るのが某離島に住む母の姉夫妻の話です。姉夫妻は障害漁業関係に携わり今は老後を慎ましく暮らしているのですが、年金はあまり高額でないようなのです。そして母は2人に対してしょっちゅう見下した発言をするのです。しかし私はこの姉夫妻については非常に理想的な夫婦であり、お互いがお互いを差さえあって生きているすばらしい関係なんだなと思っているのです。

4年前、私たち夫婦2人で島を訪れた今は空き家となっている母の実家を案内していただいたのですが、その際つくづくそう感じました。私が祖父祖母が眠るお墓の場所を忘れてしまったので、旦那さんが道案内する傍ら叔母さんは私が次に立ち寄りそうな親戚の家に電話をかけ「●●ちゃん(私のこと)が◎時ころそっちに行くと思うから、お土産渡してね」と根回しをする好連携。

いったん私達と分かれた後、私達の帰りの船の時間に合わせて、大量の魚の切り身を2人で作ってくれ、お土産にいただいた者でした。子供の頃にも大変お世話になったお二人ですが、今でもそれぞれが助け合って静かに老後を暮らしているのを見るとなんだか涙が出そうになりました。普段なんのコミュニケーションがない2人が急に仲良しのふりをしても雰囲気で分かりますよね。

2人は私が子供の頃によく訪れた家にまだお住まいです。母はそれを見下しくさすのですが、私には2人はとても幸せな人生を送っているとしか見えないのです。目お目で通じ合う信頼関係。今ある暮らしを受け入れ身の丈で生きていく。それだけで十分幸せそうに見えるのです。

私自身を振り返ってみると、、、、病気になったことによって色々なものを失ったように見えるかもしれませんが、内心あまりそうは感じていないのです。好きだった食べ物の味が分からなくなり、行きたいところは制限され、そして病気の再発を常に念頭におかざるを得ない人生ですが、それでも療養期間中に自身をとことこん見つめなおし、自分が何者なのか?自分自身は何がやりたいのか?を発見することが出来たので人生の中で今が一番充実しています。

多分母から見れば、役職も給料もガックリ減った私を「可愛そう」と思うのでしょう。しかし今の私は自分のやりたい事最優先で判断し、行動して、仕事で辛い目にあった時も「仕方がない」で済ませられるようになりました。

なぜかな?と思います。死線を彷徨ったから悟りを開いた?そんなかっこいいものではないと思います。なんとなく思うのですが、今までは実際は大した事ないものを“自分のプライド”として過大評価してそれにしがみついていたような気がするのです。

ガンとのサバイバルは一気にそれを消し去ったのですが、逆にそれで気が楽になった気がします。むしろ「ガンになったからレースから脱落しても仕方ないんだ」と開き直って考えられるようになりました。

やはり人はどうしても自分と他人を比較してしまいます。そして実にどうでもいい事で他人に勝っている所を無理矢理見つけ出そうとするのです。その時の私は本当に痛々しかった。。。。。

今僕は幸せです。これからも好きな事をとことん体験しつつ人生を楽しみたいと思います。姉夫婦のようなささやかでも幸福な人生を送りたいものです。

それでは、また。

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