子を愛せない母親(1)

おはようございます。CMBOです。

今からしばらく親と子の問題について書いてみたいと思います。特に母親です。
結局自伝的な話になるのですが、少しずつ時事ネタも挟んで行きますので。。。。

 

私はニッポン放送でラジオ放送されている「テレホン人生相談」のヘビーリスナー。
特に私が尊敬する加藤諦三先生がパーソナリティーの回は聞き逃せません。
相談の中身において多くみられるのが親子の確執、更に言えば
「大人になって自分が親からDV(暴力・暴言・他の兄弟とは異なる扱い)
を受け親を恨むようになったが、育ててもらった恩があるのに親を憎む
ような思いを持ち、そのような行動をとっていいのか?」という相談が
非常に多くみられます。

「親に逆らえない」のはごくごく普通な心情だと思います。しかし、
しかししかしですね、子供に興味のない親、酷い親になると自分の今の鬱憤を
子供を虐待することで溜飲を捧げる親は一定数必ずいるのです。
ただ、そのようなことがあり得るといるのは健康的な心を持っている家族で
育った人たちには中々理解できないようです。無理もありませんが。。。

虐待のニュースを見て「自分の子供が可愛くない親なんていないんです!」
ときっぱり言い切っちゃうコメンテーターとかをみると、
「さぞ幸せな家庭に育ったんだなあ」と思ってしまいます。

ただ私は男性ですので、女性の出産時・出産後の苦しみはあまり理解
できていませんし、結婚はしていますが子供はいません。
それを踏まえて書かせていただきますが、親になるのは誰でもなれるんです、
特に男は。親になる為の講習・試験を受けるわけでもありませんし、
育児についての勉強が必須なわけでもありません。
いわば子供が子供を産んでいる場合があ流のですから、親としての義務が
なんだか分からないまま育児に入るケースも少なくはないはずだと思います。

そしてこれからが本題、自身の親について書いて見たいと思います。

私の親、父親は置いておくとして、母親はナルシストであり超自己愛、
支配欲が強い、人の気持ちがわからない女性です。
母は私に対して、超というまでもないですが、過干渉だったと思います。
つい最近まであれやこれやと注文をつけるのですが、私を一人の心ある人間
として捉えつつ話しておるのではなく、自分の持ち物(お気に入りのぬいぐるみとか)の感覚で対応しているのです。ですので、私の反論には一切耳を貸さず
自分の意見を押し付けるのが常です。
人の気持ちに寄り添うと言うことが理解できないのです。

私の母は若い頃は結構美人だったようです。写真も独身時代を含め
何十枚も残っています。

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左が幼少期の私、右が母なのですが、一見普通の親子の写真なのですが、
ある時期から私はこの構図にずっと違和感を感じてきました。
そしてある結論に達しました。このほかにも母とのツーショットは
何十枚もあるのですが、常にこの構図なのです。具体的に言うと、
ショットの中心は母であり、母はカメラを見据えてにっこり微笑んでいるのです。
そして私は必ずフレームの隅にいるのです。
まあ撮っているのは別の人なのですが、他の人の赤ちゃん時代の写真を見ると
大抵子供中心に自然になっており、いまでも理解不能です。

母に抱っこされている写真もそうで、抱っこされは私は正面を向いており
写真の構図的には隅の方、抱っこしている母は写真の中心でカメラ目線なのです。
考え過ぎかもしれませんが、子供の写真を撮る時って子供を中心に写真を
撮るのではないでしょうか?私と母との写真は大半がこのパターンなのです。
そういえば私は母に抱きしめられた記憶もありません。

私は子供の頃は、父方の祖父母と同居しており、季節の変わり目には親戚は
よく尋ねてきてくれました。そしてよくあるようにテーブルを囲んで飲み事に
なるのですが、しばらくすると父が怒って退席、親戚が帰ると母が私に部屋に
来て泣き出す、というのがパターン化していました。母が言うには
「祖父の世話を一生懸命やっているのに皆から悪口を言われた」というものです。
今覚えば当時から人の言葉の意味を取り違えることが多い母の勘違いが
多分にあったと推測しているのですが。。。。。

そういう時、母はシクシクと泣き続けるのです。泣き顔を隠そうともせず。pそして「あなたが大きくなったらお母さんを助けてね」と言うのです。
私は当時小学高学年くらいでしたから、当然「いつかそうしよう」と思いますし、
「親戚の叔父さん叔母さんは酷い人だ!」と思うようになります。
(念押しして書きますが親戚の方々は私が大人になってからは皆凄い優しい人
だと分かり、母だけが悪口を吹聴していたのだと分かりました。)

私は40歳で結婚したのですが、この話を妻にすると「信じられない!」
と言う感想でした。試しに妻の友人・知人にもこの事を聞いて
見ましたが同様でした。「母親が辛い泣き顔をまだ小さい子供に見せたり、
子供を頼ろうとするなんて論外」と言う意見がおおよそでした。
私は40ににしてなかなかの衝撃を受けました。母とはそう言うものだと
思っていたからです。

小学3年〜6年の間は本来十分親に甘え、自我の芽が顔を出し自立へ向かう
第一歩を始める時期。その間私は甘える事を許されず、
逆に母親の甘える対象になっていたのです。ちなみにこの件、
母はいまでも良く覚えており「○○(私)はちっちゃい頃私を守ると
言ってくれたからいまでもその言葉を信じている」と妻にいつも言っているようです。私はこの4〜5年、母親に何度も「決別宣言」を告げましたが、
この言葉が支えになっているようでなかなかこたえません(笑)

少年時代、甘えの欲求が満たされるどころか、母親から甘えられるんですから、
私の人格形成はいびつな形で行われることになります。母が人の気持ちが
わからないのだから、当然私も人に気持ちがわからない。反抗期もありませんでした。弟もそうであり、母はその事を自慢に思っているようです。

このようにして、母に次ぐ「人の気持ちがわからない、承認欲求が強く、
自分がないナルシスト」である私という人間が出来上がりました。
私の性格がこうなったのは母のせいだ!と直線的に批判するのが
目的ではないのです。ただ、いま振り返ってみれば「当然そうなるよな」
と十分納得できます。
10代半ばから私は人とのコミュニケーションに随分苦労しましたから。。。

 

長くなりそうなので今日はこの辺で。

ボチボチ続きを書いていきます。それでは、また。

 

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