私のファミリーヒストリー (2)

こんにちは、CMBOです。

今回は私のファミリーヒストリーについての2回目です。
私のひいおじいちゃんの亡くなった原因についての調査です。

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写真のように鞍手郡以下が空欄になっている場合、どの様な場合が考えられるか?
改めて訪問した門司区役所の職員がこの様な説明をしてくれました。
「ひとつ考えられるのは川で溺れて亡くなった後流されてしまったとか、
山中にの崖から転落して死亡した後、かなり遠くの方まで転げ落ちてしまった。」
等が考えられるのではないか?との事でした。そうすると亡くなった場所と発見
場所が異なる為、はっきりとした事が分からず空欄にしたのではないか?
との事でした。

しかし、戸籍の記載は「空欄にした」と言うより、「後から消した」という感じで
あったので、ちょっと納得しかねるものでした。そして職員は慎重な言葉遣いを
しながら次の様な推測を立てました。
「亡くなった場所が明確になると本人に取ってその死の状況が不名誉に捉え
られる恐れがある為、後日身内の方が修正したのではないか?」
との事でした。

後者であった場合、ひいおじいちゃんには大変申し訳ないのですが、「その場所で
タチの悪い連中の喧嘩等に巻き込まれて命を落としてしまった。」とか「何らかの
原因で当時その場所にあった刑務所や拘置所的なところに収監されており、
そこで亡くなられてしまった」というケースです。

後、付け加えますと、当時の戸籍は当然手書きであり、転記ミス・書き間違いは
再三見受けられます。ただ、私は職員が説明してくれた後者の理由では無いかと
思い始める様になりました。ここから更に突っ込んで調査していくことは、
もしかするとひいおじいちゃんの恥部に触れる事になる可能性は高いと思ったの
ですが、その死因について両親や親戚筋が「責任を取らされた」というような
表現を何度もするので、これをはっきりさせて長男である自分の心に留め置く
事はひいおじいちゃんの供養になるはず、と心に決めて調査続行しました。

更に鞍手郡(現在は鞍手町)は福岡県の筑豊地方であり、最初は工夫として働いて
いたものの落盤事故か何かで命を落とした可能性も考えました。
今もまだまだ引きずっているのですが、福岡に取って明治〜昭和の間の「炭鉱」
というワードについては正に明と暗の部分があります。この炭鉱によって福岡という
土地が大きく栄えたのはまぎれもない事実ですが、その反面あまりに過酷
すぎる労働環境からあまりおおっぴらに語ろうとしない人もいるのも事実です。

もし消去されたのが事実であるなら、理由が炭鉱絡みである場合「それに関わって
いたのが不名誉である」と考えた可能性もあるなと思いました。
しかし、私がネット等で調査する限り、当時鞍手郡周辺には稼働していた採掘施設は
なかった模様です。また当時鞍手郡周辺に刑務所のような収監施設があったかも
調査しましたが、これも確認できませんでした。

恐縮ですが、鞍手郡というのはどちらかと言えば小さな村であり大きな事件が
発生するイメージはないのです。

私は次の手として、ひいおじいちゃんが亡くなられた前後の当時の新聞に
何かこの地域の大きな事件発生していないか調べることにしました。
昔の新聞というのは基本図書館に保管されています。どの程度昔の分まで
保管されているのかはその図書館によるのですが、昭和あたりに新聞になってくると
マイクロフィルムに焼かれた状態で保管しております。

私は県内に図書館に電話で聞き取り調査をして回った結果、昭和5年11月頃の
新聞については全国版の某紙が北九州市立図書館に、今は廃刊となっていますが、
当時福岡県内で販売されていた2社の新聞がマイクロフィルムとして残って
いました。それを前後1ヶ月ずつ全ページヒントがある記事がないかどうか
チェックを行なったわけです。顕微鏡のスコープのようなレンズを覗き込みながら
1記事1記事チェックするのですが、中々大変な作業でした。
述べ4日くらいかかりましたね。

話は逸れますが、当時の新聞は単に見てみるだけでも結構面白いですよ。
まず社会面に掲載された人は被害者であろうが、加害者であろうが全て
プライバシー(氏名、年齢、職業、住所等)が載っちゃうんですね。
今も引きずっている問題ではありますが、暴行・窃盗・強姦等の被害者の
身元が晒されているのはたまったものではないと思いますね。

後、火事については、当時の大半が木造住宅だった為か、出荷元の家については
ほぼ犯罪者まがいの表現をしてましたね。名前、住所はもちろん、どうして出火
したか?その時家のものは何をしていたのか?追求の厳しさは今の比では
無いですね。

話は古新聞調査に戻ります。妻と2人でくまなく新聞を見て回ったものの
関連するような記事は確認する事は出来ませんでした。流石に見落としも
あったかもしれないと思い、1年くらいしてからもう一度チャレンジしましたが、
やはりダメでしたね。

後、有効な方法として地元の郷土資料研究家の人にコンタクトを取って意見を
拝聴するという手もあるかと思うのですが、そこまでは行けてません。

そいういう事で、メディアによる死因探しはストップしたままです。
次に私は矛先を変えひいおじいちゃんが移り住んだ場所を調べる事にしました。
最終目標は広島です。

今日はこんなところです。
それでは、また。

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