骨髄移植と闘病インタビュー 最終回 多分どうにかなる!

こんにちは、CMBOです。今回は闘病インタビューの最終回です。1時間近く喋りました。意外と文字起こしって楽しいものです。よく考えたらインタビュー受けるってそうそうある事では無いですからね。

それでは、どうぞお付き合いください。

移植後と移植前では大きな心境の変化はありましたか?

○ いえ、大きな変化は無かったですね。まぁ移植後の方がだいぶ気は楽でしたけど、、、、、あぁ、、、でも長く入院生活を送っていく中で他の患者さんの辛い状況を目の当たりする訳ですよ。それは随分考えさせられましたね。

大半が厳しい抗がん治療受けている訳ですし、看護士さん達がはっきりと言う訳ではないですけど、側から見てもかなり厳しそうな状況で、いつのまにか部屋からいなくなられてる患者さんとかも見る訳ですよ。お若いのに。なので、順調とは言いながらも、いつそっちに転ぶか分からない世界に居るんだなとつくづく思いましたね。 

他の患者さんとおしゃべりされたり仲良くなられたりはされたんですか?

○ いや、それは無かったですね。特定の方と仲良くなるというのは。そういえば僕の部屋は小児病棟と混ざったエリアの部屋だったじゃないですか。前とか隣の部屋に小さなお子さんが入院されている訳ですよ。

あの子達はどういう気持ちで治療に取り組んでいるんだろうなぁ?そもそも自分の置かれている現状をどこまで理解してあるのかなぁ?普通の子供らしい暮らしはした事あるのかなぁ?とか色々考えましたね。みんな屈託無かったじゃないですか!

そうですね。。。。

○ それでお母さん達が皆朝食が出る頃には病室に来ていて、夜10時くらいまでずっと子供さんに付き添ってて、、、肉体的にも精神的にキツいだろうなぁ。。。果たして自分だったら同じ事が出来るのかなあ、と何度も思いましたね。いきなり人生のスタート地点でそんな事になって。。。夜にお子さんの泣き声とか聞こえる訳ですよ。心の中で母子共に頑張れ!と祈るしかなったですね。お母さんはいつ心が休める日があるのかと見てて辛買ったですね。

お年寄りの患者さんで皮膚がボロボロになって、急に顔を合わせるとビックリしちゃう事もあったし、何度も「病状に個人差がある」とは言われていましたけど、ここまであるのか?と思いましたね。人生の終盤も終盤でそんな状況になるって自分だったら出来るんだろうか、、、何度も思いましたね、

でもそこまで〜さん(私)が前向きになられたのは何かきっかけがあったのでしょうか?

○ 特別には無いですけど、、、、でも元々僕はコミュニケーション能力が低い人間で、不安定なメンタルの人なんですけど、自分の人生をリセットするという点では長期の入院はいい機会だったのでは無いかと。この間『記憶にございません』という映画を観てそう思いました。(笑)

逆に言えばね。通常の生活を送っている限りは中々人は変われないですよ。その必要性があったとしても。思いきって変わったつもりであってもいつの間にか元に戻っちゃうものですよ。

でも自分は心が弱点というのは薄々分かってはいた訳ですよ。でも入院したら定期的に心理士の先生が見に来てくれるし、看護士さんも皆がん患者さんはメンタルをやられる事が多い、と言われるんで、自分を見つめ直す事も治療の一環だなと思いましたね。

それで、自分が受けているカウンセリングの講座は医療についても結構掘り下げてやるんですが、精神的に不安定になることによって身体の各機能が異常な動きをするようになって病気になるようなケースも多く見られる、と感じたんで尚のこと気持ちの持ち方の重要性を感じましたね。

色々身の回りで起こった事について、自分自身の糧になるように受け入れていったという感じですね。

○ うん、、、、、、でも現状に納得出来ない思いは何度もよぎりましたよ。なんでこんな病気に!とは何度も思いましたね。何にも悪い事してないのに!と(笑)。原因でさえも明確で無いですしね。おまけに治るかどうかはっきり分からないという。。。(苦笑)言葉で表すとしたら「理不尽!」この言葉ですね。酒を飲みすぎたとか必然性があるなら仕方ないんですけど。。。タバコも吸わないし。

あぁ、それから退院してから患者の会とかにも行ったりしたんですが、AYA世代ですか?若い人達とかは治療と同時進行で将来の事も考えなきゃならないというのをひしひしと感じましたね。一旦社会生活をストップしてハンディを負いながらも生活の糧を模索しなければならない。体調にも不安があるのに。

骨折なら骨がくっつけば終わりだし、インフルエンザなら薬打ってもらって1週間でも寝てればそれで終わりですよ。でもこの病気は終わり、いやひとつの折り返し点さえも中々見えて来ないんですよ。患者の側からは。闘うにしても本当にタチが悪い相手だと思いますね。

自分の母親がもう80近いんですが、老いと似ている部分があるかな?と思いますね。今までの自分のハードルを少し下げて、現状の自分をしっかり認識して受け入れないとやってられないですね、この病気は(笑)。自分のプライドとか考えている余裕は無いですよね。母は自分の老いをまだ認められなくて今凄く苦しんでます。どうも若い頃はチヤホヤされたようですが、未だに自分の周囲はそうあるべきだと思っているようです。

あ、そろそろ1時間経ちますね。まとめましょうか?(笑)。不幸も受け入れれば楽になりましたね。私はそういう人間なんだと。その状態だったら少しいい事ご起こると凄く幸せに感じるんですよ。人は同じ状況でも幸せに感じたり不幸に感じたりするものですが、生きているんだったらなるだけ明るい気持ちで生きるべきだとつくづく思いましたね。

そうなんですね。本当に凄く色々考えてらっしゃったんですね。それではそろそろ終わりたいと思います。今日は長い間ありがとうございました。病棟では〜さん(私)の事を覚えられている看護士はまだまだいますよ。私は今日の朝礼で「今日は〜さんのインタビュー収録があります」と言ったら、おぉ!という反応がありましたから(笑)

○ そうですか。もう皆さんとだいぶ会ってないから挨拶にでも行きたいですね。

無菌病棟なんでいきなり行くのは難しいですが、タイミングが合えば来られて結構ですよ。皆喜ぶと思います。

・Mさんはまだいらっしゃるんですか?

いや、辞められましたね。

○ そうですか、あの方は私が移植した夜の夜勤の方で39度熱が出た時に凄くテキパキ対応してもらったから凄く印象深いんですよ。感謝しているんです。残念ですね。

Iさんはまだいらっしゃるんですよね?そうそうHさんは?あの子のノリの良さには随分救われてたんですよ!凄い明るくて。

あぁ〜、、、、今お休みされてるんですよ。お母さんになるという事で。

○ えっ!結婚されたんですか?

(笑)

○ おぉ〜!なんか感動的ですね!いや、Hさんはいつも「中々彼氏が結婚しようと言ってくれない。何年も待ってるんだけど、もうダメですかね?」と言ってたんですよ。で、私は例によってなんの根拠もなく(笑)「あと半年待ってみたら?年内には絶対結婚できるよ!俺が念じとくから」と言ってたんですよ。

本当に結婚出来たんですね。嬉しかったろうなぁ。じゃあこれもまた私の根拠無いまま、いい方向に向かうという予言が当たった訳だ!凄いなぁ。私(笑)

もしHさんが来られたら、「お子さんは絶対幸せな人生を過ごす筈です!」と私が言っていたと伝えて貰えないですか?。また当たると思うんで(笑)

分かりました(笑)。。。どうもありがとうございました!

以上でございます。如何でしたでしょうか?病院側が意図する事について有益な回答だったかどうかは分かりませんが、ほぼ忠実に再現しています。でも書いているとインタビューで思い出さなかった辛い事をまた思い出してきましたね。すっかり忘れているんですよ。

喉の痛みと同時に唾が止まらなくて、一時は筆談でしか会話できなかった事。夕方になってその日のスケジュールが終わると熱が出るのが癖になって退院後もそれが半年くらい続いた事。入眠障害がずっと続いた事。。。。

でも、多分どうにかなるんですよ。根拠はないですけど。せっかく生きているんですから明るい気持ちで物事に取り組まなければ損ですからね。

拙いインタビュー記事におつきあいいただきありがとうございました。それでは、また。

#骨髄移植

#抗がん治療

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