骨髄移植と闘病インタビュー 第三回 悟りを開く?

こんにちは、CMBOです。早速闘病インタビューの3回目を書いていきたいと思います。

今までお話を聞いてますと、「病気になっちゃった!」と落ち込むよりは、やる事をやるんだ!と切り替えられるのは〜さん(私)の元々の性格なんでしょうか?

○ う〜ん、、、それは良くわかりませんけど、ダイエットが成功して、ドナーさんが最後の1人で確定したというのは、運が向いて来てたんじゃ無いかというか。。。。これも自分に都合よく考えているんですけど、成功するパターンにハマったなと勝手に思ってましたよ(笑)。特にあれだけ苦労したドナーさんが最後の最後で確定したというのは。

それから、看護士さんのアドバイスで「歯磨きとうがいと手洗いと毎日のシャワーを確実にやる事」と言われてたんですが、それは本当に今でもサボる事なくずっとやり続けでいるんですよ。その事は全ての看護士さんがブレる事無く言われてたんで、単純だけど実は相当に重要な事なんだと思って忠実に実行してましたね。

それに僕は想定外の事は起こらなかったと思うんですよ、今に至るまで。なので苦しみながらもずっとやり続けてきた事は全て正しかったんだと自信になりましたね。辛かった事も全部想定されていた事でしたから、これは乗り越えられる、時間が解決してくれる、と受け取る事が出来ましたね。想定外の事が起こっていたら落ち込んでいた気もします。

今までの気持ちと入院してからの心境の変化があったとすれば、何かきっかけとかはありましたか?そのように成功体験が自身の糧になったんでしょうか?

○ まぁ、そうかもしれないですね。

具体的なきっかけはありますか?誰の為とか?

○ 誰の為と言われれば妻と自分の為以外ないですね。仕事に関しては正直もう諦めましたから(笑)。早く復職して元の場所に戻らなきゃ、みたいな焦りは無かったですね。でも妻の心労は凄いあったんでまた健康を回復して元の生活に少しでも戻したいという強い気持ちはありましたね。

病気になって制限された事で、今まで妻と一緒に楽しんでた事がかなりあるんですよ。温泉とか釣りとか、、、あと私も妻も猫が好きで猫カフェとかよく行ってたんですが、そのあたりは衛生面を考えて退院以来やれてないんですね。後以前台湾旅行に行って凄い楽しかったんで、また行こうと言っていたんですけど、あそこも衛生面を考えたらそう簡単には行けない(笑)。

だから本当に申し訳ないという気持ちだし、またやりたいなという気持ちは常にありますね。

仕事は1年間休職しましたし、その前も1年近くいつ入院するか分からない状態でいましたから、社内的にはかなり負担の軽い立場になりましたし、もう無理したってしょうがないなと思えましたね。

まぁ、社内での立場も給料も下がりましたけど、50過ぎてたし役職定年とかあるから遅かれ早かれそんな状況になったと思うんですよ。だから気持ちを切り替えるにはいいタイミングだったというか、変に社内の立場に固執する事は無かったですね。療養中は定期の報告以外は会社の人間には一切連絡は取らなかったですし。

まぁ私は子供もいないし、背負うものが少なかったからそういう気持ちになれたのかも知れないですね。

治療中に困った事とかは無かったですか?

○ 困った事ねぇ、、、、やはり24時間点滴は辛かったですね。

ですよねぇ。。。

○ 痛いとかそういう事よりなんかの弾みで抜けちゃうんじゃないかという感じがして入院中は深く眠れる事がなかった気がします。あのライトが闇の中で光ってるし(笑)もちろんあれで命を救われている訳ですけど、逆にあれをつけている限りはまともな人間の生活ではないなと思ってました。

大変でしたよねぇ。それから治療中でもどかしいとか感情の変化は無かったですか?話とは違う、みたいな。

○ いや特にそういうのは無かったですね。さっきも言ったように全てが想定の範囲で進んでいたので辛くても不安に思う気持ちは無かったですね。僕は入院した時に当時の担当のT先生に「僕は2ヶ月後の9月20日に退院する予定ですから。」と半分冗談で言ってたんですよね。

で、T先生もあんな感じの人だから(笑)「そうですか!じゃあその予定で行きましょう!」とか言って笑ってたんですよ。でも、実際退院が本当に9月20日になったんでこれもまた根拠の無い自信を深める結果になりましたね(笑)

でもまぁあれですね。ブログとかツイートとかしていくと、移植後の副作用で苦しんでいる人が凄いいるんで、それを思えば自分はこの程度で悲鳴をあげたらいけないな、というのはありましたね。

移植前後は無菌室にいて、外に出れないとか行動の制限もあったんですけど、そのあたりの苦痛とかは無かったですか?

○ いや、全然無かったですよ!だってあの猛暑の中じゃないですか、ニュースとか見ると一体この日本の暑さはどういう事なんだ?みたいな感じでしたから空調の効いた部屋で過ごしてそのあたりは気が楽でしたよ。必要なものは妻が買ってきてくれたし、読みたい本があったらAmazonで買ってたし。

でもテレビはあまり見なかったですね。イヤホンでしか見ちゃダメだったんで、長時間見ると疲れて来て、、、DVDは何枚も持って来ていましたけどあまり見なかったですね。後、病院にWiFiが来ればな〜とは相当思いましたね。家と同じ感覚ですぐYouTube見ちゃってたんで(笑)

お通じはどうでしたか?

○ 凄い下痢になる可能性があるとは言われていたんですけど、発病してから今日まで下痢には一切なっていないですね(笑)どうなっているんでしょうね?便秘には凄い悩まされていますけど。未だに。

医療者の説明がわかりにくいとか、難しいという事は無かったですか?

○ 特にそう感じた事は無かったですね。これは先生達からそう言われた訳ではないんですけど、この病気って後追い治療なんだなと捉えているんですよ。この症状が出ているからこの薬を試してみよう、みたいな。それはもうビダーザ治療の段階から自分の中では受け止められていたんで、とにかく自分の今の症状をより細かく漏らさず報告する事に全力を注ぎましたね。

過去担当してもらった先生の事は皆信頼していたので、きちんと報告すればしっかりした処置をしてくれるだろうという思いはありましたね。担当医なり看護士の人に報告した事がなおざりにされていたら不信感も出たかも知れないですけど、それに対して確実に対処や回答が返って来たからコミュニケーションはしっかり取れていたと思います。

それから、この話はIさんに何度もしていたんですけど、特に看護士さんには「味方になってもらわねば」という思いがありましたね。だって移植の副作用が出て体力的にボロボロになってすがるようなお願いをするかも知れない訳じゃないですか?その時直前まで無愛想で偉そうにしてたら全力ですがりにくいじゃないですか!バツが悪くて。

(笑)

・なんで辛い時でも遠慮なく会話が出来るよう入院の最初の段階でフレンドリーな関係を作る事に力を入れましたね。そういう事って得意じゃないんですけど。その効果は後々発揮されたと思いますよ(笑)

今回はこんなところです。

入院中辛い経験を経た結果、私自身「この人に逆立ちしたって敵わないんだろうな」と思う人がいなくなりましたね。「どんな偉い人だってこの苦しみに平然としていられる筈がない!」みたいな思いです。

私の解釈で言えば、抗がん治療なんて人が死ぬ寸前のところまで人工的に追い込んで、回復はその人の治癒力に大きな期待をかけるという荒っぽい治療です。

それを経験した人から見れば、何百億何千億を動かす大会社の社長や大御所芸能人、更には何処ぞの独裁者なんて可愛いものですよ。彼らがこの苦しみに耐えられるはずがないんです。その証拠になんと馬鹿げた民間治療が多いことか!

黙々と抗がん治療に取り組む患者は銅像を建てても良いくらいの勇気ある人間なんですよ!私もすっかり悟り開かせてもらいました(笑)

それでは、また。

#骨髄移植

#抗がん治療

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