骨髄移植と闘病インタビュー 第二回・苦闘編

こんにちは、CMBOです。早速闘病インタビューの2回目です。

○ つくづく思ったのはですね、思いを文章化するにしても、単にダラダラと不安や辛い気持ちを綴ってもあまり意味はなかった気がします。時系列的に他人によく分かるように、読む気になるように整理して文章化していくと自分自身も改めて冷静になれるし、自分は何をやらなければいけないんだという気持ちがしっかり心の中にセットされた気がするんですよ。うつ病の治療でもそういう事やるみたいですけど。

なるほど〜。

○ 今、自分が不安な気持ちが続いていたとしても、じゃあその出発点はどこなんだっていうのは意外に意識出来ていないんですよ。でも事実を整理して書いていくと自然に見えて来たりするんです。なので、それを意図的にやった訳ではないですけど、書くという行為は自分を冷静にさせましたね。 

メンタルの治療もされた経験があるんですよね?

○ 一時職場のトラブルでメンタルをやられて心療内科に通ってましたね。頭痛が酷くて。心身症と言われました。

それは会社の産業医さんとかに相談されたりしたんですか?

○ いや、そうはしなかったです。自分1人で行動しましたね。まぁ、急にメンタルをやられたという訳ではなく、私は元々コミニケーションに問題がある人間なんですよ。自己愛はいいんですが、自分に自信が無くて人の目を見て喋れない、みたいな。本当の自分が分かってない人なんですよね。それで心理学の勉強をして人の心とはどういう動きをするのか学ぼうと思ったんですけど、折角なら資格を取るまで本格的にやろうと思って、コンサルタントの通信教育を受けて試験を受けたりしてたんです。

試験の事はお聞きしてましたよ。勉強されてましたもんね。そうすると、心理学を勉強したり、ブログを書いたりする事で辛い気持ちが緩和されていった部分がある訳ですか?

○ そうですね。入院中はそれに専念できたんで、もっぱら自分に向かい合う事に集中していましたね。だから今思えば苦しいんだけどあまり落ち込むという事もなかった気がします。、、、、なんか、どちらかと言うと楽しかったですよ(笑)自分をリセットするいい機会でしたし、毎日綺麗で若い看護士さんから相対してもらえる日々でしたから。(笑)

ハハハ

○ でも本当に感謝してますよ。この病院には。

ただ、治療中は口の中の痛みにとても苦しまれていた印象があるんですが。その時はかなり様子が痛々しい感じだったんですよ。

○ その状態がどのくらい続くのか分からなかったからですね、、、熱みたいに一晩で終わるのか、何日もかかるのか?何週間レベルなのか。。。あの頃が一番キツかったですね。

その時は医師や看護士のアドバイスをスムーズに受け入れられましたか?それとも自分で色々考えて乗り越えようと思ったりはしましたか?

○ ん〜〜〜、えっとですね、、、まず移植後3、4日してから喉が腫れている感じでものを飲み込むのがちょっとキツくなっていたんですね。で、色々看護士さんにも相談してたんですけど、、、僕の担当されていたIさんはまだいらっしゃるんですか?

あ!ええ、今でも病棟にいますよ!

○ おぉ、、、お元気ですか!でIさんがですね、調理部の方と話し合ってくれて、私の食事を少しでも飲み込みやすいよう、肉とか野菜を細かくカットしてくれるよう手配してくれたんですよ。どのくらいの大きさなら大丈夫そうか事前に僕にヒアリングして。で、直ぐにそのカットされた食事が出て来たんですけど、私の喉の腫れがそれを上回る速さで悪化して(笑)そのカットされた大きさでも飲み込むのがキツくなって来てたんですよ。(笑)

そうなんですね。。。

○ でもせっかくIさんが骨折ってくれて出てきた食事を残すのが申し訳なくて、結構無理して水で流し込むように食べてたんですよ。そんな事やってたら一層喉の腫れが酷くなってですね。(笑)もう薬を飲み込むのも出来なくなるくらい喉が腫れちゃったんですよ。あれは辛かったですね。もう大きめの薬を一錠飲もうとしてもブッと吐き出してしまうような状況で。。。

それは移植後ですよね?

○ そうですね。移植後1週間くらいの間の話です。熱が出たのも数日でしたし、肌もそこまでボロボロにはならなかったし、口内の腫れが一番印象に残ってますね。薬の錠剤の太さと同じくらいの空間しか食道は開いてないんじゃないかと思うくらい喉が腫れている感じがありましたね。そんな事はないんでしょうけど(笑)。

ですので、その頃は病院食もほとんど食べれなくて、ゼリーとか、差し入れのジュースとか、、、そのくらいですね。食べれたのは。でも他の看護士さんも僕のその状況を色々気にしてくれて案も出してくれて、こんなに皆が真剣に考えてくれているんだから少しでも食べなきゃな、という気持ちはありましたね。

大変だったですね。話は変わりますが、ビダーザは8回?

○ そうですね。最初の入院からはじめて、、、そのくらいでしたか。最初は明らかに効果があったんですけど、半年くらいしたらあまり効果が見られなくなって、、、最後は延期延期で移植の前はしばらく打ってなかったですね。

それで移植を行ったんですね。

○ というよりも、僕はずっとドナーさんが確定するのを待ってたんですが、ビダーザが効かなくなるのとドナーさんの確定がほぼ同じタイミングだったんですよ。本当は去年の1月に移植が決まってたんですけど、ドナーさんが最後の健康診断で引っかかって流れて、ビダーザを続けながらドナーさんの確定を待つ状況だったんですよ。その後の候補者の方もキャンセルキャンセルで、合計20人くらいいらっしゃったんですけどあっという間に無くなって、、、もう3月頃にはゼロになりかけましたね。

その時体重が90キロくらいあったんですけど、体重減らせば対象になるドナーさんが幾らかいると言われて20キロ以上のダイエットをしましたよ。それで、多分完全一致だと最後の1人だと思うんですけど、その人がドナーさんとなってようやく移植が実現しましたね。

その時は骨髄バンクと連日喧嘩してましたね。ほぼ毎日ドナーさんの進行状況について確認の電話をしてましたから。

毎日ですか?

○ はい、毎日(笑)。あそこのやり方で一番困ったのは登録者さんがドナーの依頼を断る事があるとい状況を開示していない事なんですよ。僕が調べる限りですね、木下ほうかさんという骨髄バンクに登録されて骨髄の提供までされた俳優さんがいらっしゃるんですけど、その方が去年出された本に初めてデータが載ったと思うんですよ。その手のデータが。

登録者さんがドナーの打診を受けて、どのくらいの確率で実際にドナーとして移植が実現するのか?という確率。その本ではたしか15%くらいになってましたね。実際はもっと低いんじゃないかと思うんですけど。登録者さんが打診を受けてそれを断る、あって欲しくはないけど、元々がボランティアだから仕方がないとは思うんですよ。その方のその時の都合もあるだろうし。

でも患者の側から見たら、今後の生活を考える上で、大半の方がドナーの打診を断るという事実を知るか知らないかでは大きな影響がある訳ですよ。僕も完全一致の方が打診に対して全員が承諾するとは思って無かったですけど、20人近くいれば、全員いなくなるなんて事はまず無いだろうと普通は思うんじゃないですか!でも実際は3人の方が承諾したけど健康診断で脱落。後の10何人は打診の段階でお断り。そのデータでいけば正に適正値なんでけどね。

ただし、骨髄移植の現状はそのような状況であるというのを教えて貰わないと会社や心配してくれる知人に対して説明のしようがない訳ですよ。他人にこの事を説明すると「10万前後の料金を払っているのに過去データについてどうして全く教えて貰えないのか?一体移植はいつ頃実現できそうなのか?それは個人情報保護とは別の問題だろう。」と実に真っ当な質問をされてこちらは何も返せない訳ですよ。尚且つ自分の今後の人生設計も立てようが無い訳ですよ。

それが繰り返されると「なんで俺は骨髄バンクの替わりに色々な人に頭を下げて回ってるんだ!」と腹立たしくなる訳ですよ(笑)。骨髄バンクはどんな聞き方をしても「登録者さんのプライバシー保護の観点から、、、」と言われて全く教えてくれないんですよ。何もかも。私は最後は「あなた方は登録さんと患者とではどっちの味方なんだ?患者に寄り添う気持ちは無いの?」と何度も言いましたね。ハッキリと。

こっちは登録者さんのプライバシーを聞きたいわけじゃなく、大まかな傾向というか現状を聞きたいんですけどね。打診に同意して進行中の登録者さんがある日急にリストから消えて、何の連絡がある訳でもないんですから。。。。その時のこちらの絶望感は患者じゃないと分からないと思いますよ。

その他にも運営方法に色々と改善すべき点、こうすればもっと登録者が集まる、と思う案をコピー用紙4枚の資料を作って、「こっちから東京の本社に出向くからこれを説明させてくれないか?」と電話したんですが、それも断られて、やむなく赤十字社がうちの県の県庁に献血カーで来た時、バンクの担当者も来ると言う事だったんで、なんとかアポを取ってその書類を渡しましたね。

その人は広報の方でしたね。そうそう、今年の春、水泳の池江さんの白血病報道があった際、バンクの説明をする為テレビのインタビューに答えてましたね、その人(笑)。

今回はこんなところです。まだ文章化していない部分は4割くらいあるんで、あと2回は書かせてもらう予定です。(笑)改めて思い直すと、血液疾患独特の目眩や貧血、そしてGVHDで悩むよりはそれに付随する事でえらく悩んでいるんですね。

一番思うのはあの頃はよく怒ってましたが、最近は怒ることが少なったな、とい事です。私は元々はよく怒る人だったのですが、怒って得るものは何もない、と50を過ぎてようやく理解出来るようになりました。大人への第一歩です(笑)

それでは、また。

#骨髄移植

#抗がん治療

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