(24)妻の支え

こんにちは。今回は私の家族、妻のお話です。

私達夫婦は約10年前に結婚し、子供はいません。専業主婦です。約2年前私の病気が発覚した時はまさに青天の霹靂だった訳ですが、妻は弱音を吐かず、私を叱咤激励しながら常に寄り添ってくれました。本当に感謝しています。

最初診断された際は2人ともいまいち深刻さがピンと来ていなかったのですが、妻が血液疾患系の患者さんのブログやTwitterを調べ上げ、ようやく私もこの病気がかなり厄介なものだと認識することができました。

妻はこれまで最初の診断から、つい最近の定期検診まで常に同席してくれています。今回の入院時も2日に1回は病院に来てくれました。単純に見舞いだけでなく結構来なければいけない用事も多くあまり無理をさせたくなかったのでどうしてもそうなってしまいました。

傷病手当金作成書類や保険会社からの郵便物も頻繁に届くのでそれを毎回持参。更に水のペットボトルの補給と洗濯対応。水については薬を飲む際・食事の際に毎回必要ですが、衛生面を考慮し無量のウォーターサーバーから貯め置くことは禁じられていたのです。ですので、毎日500miのペットボトルの水を平均2本消費していました。

コスト的にはもっと大きい容量のボトルを買えば安く済んだのですが、部屋の冷蔵庫が小さく入りきらない!常温で部屋の放置するのは時期柄危険と考え500サイズを回して行くことにしました。自身で下のコンビニから買って来れないこともないのですが、何しろ点滴で下のように身体からコードが出まくっている訳ですから、転倒した時のリスクを考えほぼ妻に買って来てもらっていました。

IMG-0518

 

洗濯もしかり、入院当時は夏でしたから私はTシャツ短パンという軽装で過ごしていましたがそれでも上下服・パンツ・靴下・タオル・ハンカチは最低限発生します。これを棟の隅にあったコインランドリーに持って行って40分洗濯&60分乾燥を行う訳ですが、これもランドリーまで洗濯物を持って行く際の運搬のリスクを考慮し2日に1回来る妻に任せていました。

私の自宅は病院から車で30分程度なのですが、妻は運転免許がないので電車&バスで通院。コース的にちょっと回り込む路線しかなかったので毎回来るのに片道1時間15分くらいかかっていました。そして昨年のあの猛暑!誠に申し訳ないのですが、私の入院は7月15日からでしたし、その間病院の外には一切出なかったので、外がどれくらい暑いか感じ取れていませんでした。まあ、連日のニュースでどれくらい暑いかの認識はありましたが。。。。

病院の面会可能時間は14時からでしたので、妻は通院する日は、午前中に家事を終え、お昼を食べて12時半ごろ家を出発。途中私が食べられそうな食べ物・オヤツを購入し、14時に到着。1階のコンビニで水を4〜5本購入して私の部屋に到着。

直ぐに洗濯に手をつけ、待ちの間は買って来たオヤツを食べながら私と歓談し、洗濯乾燥が終了する16時過ぎに病院を出て18時頃家に戻るという生活だったようです。また私は見たいテレビ番組の録画も頼んでいましたのでそれを定期的にDVDに焼いて持って来てくれました。また病院からの栄養指導や今後の治療のポイントになる説明の際は常に同席してもらいました。

このように肉体的にも相当辛かったと思いますが、精神的な辛さはそれ以上だったと思います。もちろん私がこのようになった状況について妻に責任があるはずはないのですが、発する言葉の節々に「私の食事・健康管理が原因の一つでは?」と思ってしまっているのではないかと感じる点が多々ありました。私は妻に対し感謝の気持ちを伝えるとともに、真面目に投げ出さず治療に取り組み、病気を完治させることが妻の心の負担を取り除く最善の方法と考えるようになったのです。

長期の治療を行なっている患者側については、その経過を知っている人でないとなかなか自分の心情を理解してくれるのは難しい、という事はつくづく思いました。いくら好意的に私を慰めてくれる友人・知人でも、こちらの状況を説明するだけで私自身とても疲れてしまうんです。痛みを共有するパートナーがいるというのはどんなに心の支えになったか知れません。入院前・直後に多くの看護師さんから「長期入院は心を病んでしまうケースがる」と何回も言われたのはこの事に関係があるのでしょうね。

私のいた病棟には小児がんの患者さんの部屋も一緒にありました。患者さん達は小学校低学年栗の小さなお子さんですから、お母さん達はおそらく30代半ばくらいかなと思うのですが、朝8時くらいから病室にきて夜は9時頃まで病院にいるという生活パターンを繰り返されていました。土日は子供さんと一緒に帰宅されいたようです。子供さん達は自分がどういう状況なのか把握できていない子もたくさんいたでしょう。

屈託無くはしゃぐ子供のそばに少しでも長く居てあげたいと思うのは当然だと思います。ただし、自身の生活・体調もあると思いますし旦那さんの事もあると思います。旦那さんもまた旦那さんで苦労があると思います。流石に図々しく声かけするなんて事は出来なかったですが、なんとかこの人達の状況がいい方法に転ずるよう願わずにはいられませんでした。

「他人の心に寄り添う」事がどんなに重要な事であるか、正直私はあまり理解できていない人間でした。自己承認欲求が強く、自己愛人間の私の心は「俺を認めろ!」という気持ちが充満しているのです。しかし2年前の病状発覚、さらに同時期に人間関係の大きなトラブルを体験し心理学を勉強するようになり、ようやく他人の心に少しずつ寄り添えるようになって来たのではないかと思います。

もう50過ぎでこんな事言うのは本当に情けない話ですが、自分のダメな部分を「認める」と言うのは本当に難しい事だったんです。「わかっている」のと「認める」のは大きく違うんだと思いました。

話が大きく逸れましたが、これまでの治療がうまく行っているのは妻の支えのおかげ。家族のありがたみをつくづく感じました。これからも2人で頑張りたいと思います。

 

今日はこんなところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。