(31)カウンセラーへ向けての歩み 前編

こんにちは、CNBOです。
上の写真、実はヒラメが2匹隠れているのですが、お分かりでしょうか???。

さて入院生活の続きです。8月末の骨髄生着を終え、9月を向かえるにあたって、体調も上向き私は日常生活を徐々に取り戻していきました。味覚障害や口内炎も若干解消し病院食も4割くらいは食べられるようになり、後はプロテインバーとか自身で補給できていました。

体力面の低下は如実に感じられましたので、毎日夕方には点滴台を引きずりながら20分程党内をウォーキング。さらには部屋に担当の整体師さん土日を除く
毎日整体師さんが来てくれ、ストレッチや筋トレをベッドの上で行なっていました。

その後棟外への外出許可が出ると、昼食後すぐ1階のリハビリ室に向かい
70〜80歳くらいのおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に歩いたり、
バイクを漕いだり、階段登りを行ったりの運動をしていました。

私の入院していた病院はチーム医療がとても充実しており、整体師以外にも
担当で心理士・薬剤師・歯科医・栄養士の方がおり、2〜3日に1階くらいは
部屋に訪問してくれ何か問題があればすぐに相談することができました。
歯科からは看護師さんが来てくれ、歯磨き・舌の掃除を丁寧に教えてもらえました。
なので、平日は結構誰が突然くるか分からない状況でしたし、体調が回復した
こともありベッドで寝たきりというのはほぼ無くなっていました。

血液検査の結果も順調、ヘモグロビンは8~9を推移しており輸血をすることは
もう無くなっていました。担当医からはタクロリムス等血中濃度の数値があり、
この数値が10代を切り7〜8になってきたら外泊・退院できるだろうという言葉をもらっていました。ちなみに私は9月1日の時点の数値は16でした。

その他、空いた時間は差し入れのテレビ収録DVDを見たり、(「西郷どん」は結局全話見ました。二階堂ふみさんはやはり綺麗だ!笑)twitterにも勤しんでいましたが、カウンセリングの勉強にも力を入れていました。

もともと私は一介のサラリーマン(今もそうですが、笑)。ただ、自分自身自我が確立されておらず、自分が何者であるかよく分かっていない、怒りっぽく人とのコミュニケーションが苦手で、それが生活していく上でストレスになっていることがよくありました。

よくよく思い返すと、私の母が支配欲と依存心が非常に強いナルシストで
あったため常に人に言うことに左右されてしまい、いつも無意思に人に
嫌われたくないが為に自身が本当に望んでいない行動を取っていました。
いや、何が望みなのかも分かっていなかったのです。

しかし、病状発生の1年くらい前に職場内で人間関係の大きなトラブルが発生し、熟考の上自分を見つめ直すことにしました。作家の加藤諦三先生の本や
「テレホン人生相談」のテープを何度も聞き、なんとなく自分がどのような
人間であるか分かってきました。

そして心理学というものに興味を持ち始め、その資格を取ろうと考えたのです。
どうして人間の心はある一定の方向に傾いてしまうので非常に興味を持ったからです。更には最終目標としてカウンセラーになることを設定しました。
独立までは考えなくとも60過ぎてからの職業の選択肢として資格の需要は
それなりにあるのでは?と思ったからです。

と言っても働きながら臨床心理士等の資格を取るのは時間的・コスト的にも
中々困難。色々考えた末メンタルケア学術学会という団体が主催している
カウンセリングの資格の取得を取ることを目標としました。
ここの資格は国家資格ではありませんが、通信教育を受講した後、
試験に合格すれば取得できます。ランクはメンタルケアカウンセラー→
メンタルケア心理士→メンタルケア心理専門士と上がっていきます。

私は仕事から帰り家で夜コツコツと試験に向けての勉強を行っている直後、
2016年末骨髄異形成症候群にかかっていることが発覚したのです。

(続く)

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