④ 築35年の実家売却 幼馴染の親戚Fちゃんの優しさと機転に救われる 

こんにちは、みやけです。今回も私が現在かかりっきりになっている実家売却の話の続きです。

母の転居先調査に並行してやっておかねばならない事、それは親戚、特に父方の兄弟へのこの状況、今後の予定の報告です。土地の名義は今は亡き父名義なので誰に遠慮する事は無いのかもしれませんが、私自身の気持ちとしてはそうはいかんのですよ。

今の実家の土地は私の父方の祖父が1965年頃購入して家を建てています。名義は祖父の名前だったのですが、1990年頃家屋を建て替え。その数年後に祖父は他界しています。祖母はそのかなり前に他界していましたから、その後子供たちの間で遺産相続が行われたようです。子供たちの構成は父が長男、更に女性の姉妹弟が4人居ましたがそのうち1人は私が少年時代に死去(私と同じ血液のがんが原因でした!)そして父の弟がいるのです。

こういう状況なので相続の対象者は、亡くなられた1人の息子さんを含め6人存在することになります。法律通りに遺産相続を行うのならそれぞれ1/6づつ分配となる訳ですが、父と私の母は私が生まれたころから祖父・祖母と同居しずっと面倒を見てきていましたので「祖父の家をそのまま引き継ぐ」というのは既定路線だったようです。他の兄弟たちは全員結婚して持ち家がありますし。

ただし父が引き継ぐことになった実家は当時でも家屋含めてウン千万の価値はあったでしょうし、預貯金も全くなかったわけではないのです。ですのでそのすべてを父が独占する、というのはあまりにも不公平になるのではないかと思います。私の手元にはその時作成された遺産分割協議書があるのですが、それには「父以外の子供にはそれぞれ1人100万円を分配、残りはすべて父が相続」とあります。約30年前の価格の価値は今とそれほど変わらないと思います。「1人あたり100万円」というのはかなり少額であり、ほぼ「相続放棄」に近いものだと感じました。

私の親戚の叔父さん叔母さんがそのような対応を取ってくれたのは父の人徳と、父と母が祖父祖母の面倒をしっかりみていた事を認めてくれたからだと思います。誰か一人でも本来もらえる額の分配を主張していたとしたら父は窮地に陥ったと思います。父は家屋建て替えの際に多額のローンを組んでいましたから。

ですので、私の代でその土地を全く見知らぬ人に売却しようとしている事には、最低でも父の兄弟たちには事が完了する前に状況説明と長年お世話になったお礼をすべきだろうと私は考えました。家屋は住めなくなりましたが、家を建て替えるなりして私が引っ越して母と同居し住み続けるという手もある訳ですから。。。

しかし母に「家の売却について父の兄弟達に話をしたのか?」と聞くと「もう既に電話で話した。みんな分かったと言っていた。」というのです。私は嫌な予感がしました。まだ具体的なことは何も決まっていないのです。決まっているのは極めて近い将来母が引っ越すという事だけ。親戚たちが気にするとしたら、いつまで実家は存在するのか?仏壇はどうするのか?祖父が大切にしていた松の木の木はいくらか残っており、家の中には父の描いた絵がたくさん残っています。そのあたりはどうなるのか?そう云う事だと思います。

おそらく母は一方的に「持ち家から出なければならなくなった可哀そうな私」という事だけ一方的に話したのではないかと思いました。家の売却には親戚の人たちは何らかの思いがあるはずで「そうか、分かった」の一言で済ますはずはないのです。正月は毎年私の実家に集まっていたのですから。。。

「早い段階で親戚の人たちには情報の訂正を伝えなければならない、でないと悪感情をもたれかねない。しかし具体的なことは何も話せない、しかも皆高齢者なので直接会って話に行くのは憚られる、、、」私は四面楚歌の状況でした。共感能力が皆無な母には私のこの気持ちは到底理解できないようです。もう済んだことなのだ、と。

東京には私の弟がいます。銀行員なのでこの件については、税金の事、売却の方法等いろいろとアドバイスはくれて力になってはもらっているのですが、何分性格的には母とうり二つの人の気持ちがわからない男なのでこの手の根回しには気が回りません。人に頭を下げて回るようなタイプではないのです。私の妻はこの件でとても手助けをしてもらっていますが、当然ながら私の親族の問題に直接かかわることは出来ません。「ああ、誰か助けてくれる人はいないものか?」とつくづく思いました。長男としてはこういう場合逃げも隠れもできないのです。

色々悩んだ末、私は明暗を思いつきました。父の妹の次女でFちゃんという40代後半の女性が私の家と、実家の中間点あたりに住んでいるのです。それぞれ車で10分くらいのところです。Fちゃんはとても世話焼きな人で、ある連絡事項があって実家に何回も電話したのに母が出ないので、心配して家まで様子を見に来てくれた人です。ちなみに母は耳が遠くて単に電話に気が付かなかっただけだったのですが。。。

F ちゃんとは幼馴染ではあったものの、6歳年の差があるので私が小学生の頃はまだまだチビコロの女の子、親戚全員で集まってもほとんど一緒に遊んだ経験はありません。でもベビーフェイスで斉藤由貴さんに似た目がクリッとした愛らしい女性で、いつも笑顔で開放感がある人なので、私は好感を持っていました。

大人になってからも私と特に親しかったわけではなかったのですが、それぞれ中年になり親戚の冠婚葬祭でよく顔を合わせるようになって、ちょくちょくLINE等で近況の連絡を取るようになりました。彼女もがんサバイバーであり私と同じ病院に通院しており親近感を持ったのかも知れません。最近は彼女が勤める和菓子屋さんに夫婦で買い物に行ったりして親交が深まっていました。

私は「この事をFちゃんに伝えれば、その母であるH子さんに話を正確に伝えてくれ、H子さんが他の兄弟にもその事をうまく伝えてくれるのではないか?」そう思ったのです。H子叔母さんもまた屈託のない明かるい人で昔から私を可愛がってくれました。私が親戚に自身の結婚を報告する際、まずH子叔母さんに話を伝えると、その事をいい感じで親戚中に伝えてくれた成功体験?を思い出しました。

FちゃんやH子叔母さんを利用するようなことになる訳ですが、うまいことやってくれるのでは?という期待を持ってしまいました。それほどまでに追い詰められていました。いや、今思えばそれほど深刻に取られるようなことではないのかも知れませんが、あの時は本当に誰かにすがりたい一心でした。身内がもはや敵なのですから。。。。。そして親戚の中にもこの件でへそを曲げかねない人が1人いるのです。

Fちゃんも旦那さんがいますから、あまり遅い時間に連絡を取るのは失礼です。私は「頼むから仕事は休みであってくれ」と祈りながらとある平日の夕方17時頃LINEを入れました。直ぐに返しはあったのですが「今車で仕事から帰宅中なので、しばらくして電話します」との事でした。私は「申し訳ないことをした」と思いつつもFちゃんの電話を待ちました。

Fちゃんからほどなく折り返しの電話があったのですが、この一連の話は知りませんでした。そして私はちょっとズルい言い方をしてしまいました。「H子叔母さんに直接説明に行きたいと思っているが、最近体調も悪いそうだし、更にはコロナ過、どう行動したらいいと思う?」と相談したのです。内心Fちゃんがこの事を伝えてくれることを期待しながらそんな姑息な言い方をしてしまったのです。

機転の利くFちゃんは短い会話で状況を把握し、ある程度やり取りをした後、「多分今は会うのは厳しいんじゃないかな? ××ちゃん(←私の事)からは直接電話しにくいだろうし、私が母から電話するように頼んであげるけん。」と言ってくれました。H子叔母さんから電話してもらうのは申し訳なかったですが、もうここは乗り掛かった舟!Fちゃんの好意に甘えることにしました。

その時はもう19時過ぎになっていたので、「高齢者はそんな夜更かしはしないだろうし、電話がかかってくるとしたら週末かな?」とタカをくくっていましたが、なんと30分もしないうちにH子叔母さんからの着信がありました。懐かしいハイトーンの高い声です。一時は体調を崩していたそうですが、思いのほか元気でした。聞くと母の引っ越しについては電話で聞いてはいましたが、その後どうするかは何も説明がなく向こうからサッサと電話を切ってしまったようです、案の定。。。。これだから心に他人がいない人は。。。。

私が一通りの経緯を話し、土地の処分の事を切り出すと、H子叔母さんは優しく笑いながらこう言うのです。「いいんよいいんよ!××ちゃんの思うようにすればいいんよ。何にも気にせずに。」「相続は私たちの代で結論が出た話だから今頃なにも気にせんでよかと!」「でも××ちゃんが気にしてるみたいやからさっき他の親戚全員に電話した!みな××ちゃんの意見を尊重するって言ってたよ!大変やろうけど頑張ってね。」もう感謝しかありません。

大体の場合、他人に期待すると予想を下回る結果になることが多いものです。人間は自身が窮地に追い込まれた場合、他人が救ってくれることに期待し、他人を過大評価してしまうのです。その結果うまくいかないと恨み・憎しみの感情をもつ、、、勝手に過大評価された相手はたまったものではありません。そして全く関係ない人にも八つ当たり・とばっちりが行くのもよくあるパターンです。でもH子叔母さんは私が期待する以上の返しをしてくれました。

恐縮ではあるのですが、「私に電話する前に他の親戚に電話して確認を取った」というのは嘘だと思います。いくら何でも30分弱の間にFちゃんと話して、複数人の高齢者に電話できるはずがない!おそらく後から電話して確認を取るつもりだったのでしょう。ちょっとへそが曲がった某さんを丸め込むのも含めて。私が安心して事を進められるよう、一芝居打ったんだと思います。こういういい意味で人をもてあそぶH子叔母さんが私は好きなのですよ。

私は「具体的なことが決まったら、皆さんに手紙を出し、その後こちらから電話しますので」というと「電話代や切手代がもったいないけん、よかよか!(笑)な~~んもせんでよかとよ!」とケラケラ笑って電話を切りました。私は久しぶりにこの種の愛情に触れた気がしました。ねっとりとした愛情ではなく、ボランティア精神がさらにアップデートした博愛とでも言いましょうか。。。。

Fちゃんの機転は見事でしたし、どんなふうにH子叔母さんに状況を伝えたのか?本当に頭が切れて、且つ思いやりがある人なんだな、と思いました。そしてH子叔母さんの見事な対応!失礼な表現かもしれませんがこの2人にすっかり手のひらで転がされた気がしました。1時間弱で私の頭の隅で悩みとしてくすぶっていた問題がクリアされたのですから。。。

私は今同時進行で、複数の不動産会社の営業、司法書士、税理士等と専門的なやり取りをしています。その方々は結構ちゃんとしていて私に好意的な人が多いのですが、向こうは豊富な知識を持ちプロ、こっちはお金を払う立場とは言え無教養な素人ですから、会話の中で単純な記憶違い、認識違いをすることも多く、彼らの事はどうしても「」に見えてしまいます。

そんな中、妻は精一杯この問題に取り組んでいますが、同時進行で実母の施設入り問題にもかかわっており、それは私もフォローしなければならない。無理はさせられません。本来なら最も近い身内である母と弟に頼るところでしょうが、二人とも心無い人ですから。。。特に弟とは私が血液のがんが判明し骨髄移植を受けることになった際、ドナーになってくれないか頼んだのですが、彼は「自身の体調を崩す恐れがある」とドナーどころか血液検査さえも断ったのです。

死線をさまよいながらも、なんとかがんを乗り越えた私ですが、それ以来母と弟は「敵」だと認識しています。母も私が手術を受ける直前、家の墓の永代供養の話をしだすような心無い人ですからね。。。手術直前、吹っ切った私はまだ行っていなかった父の遺産の分割協議書を作成し、本来なら私の取り分は1/4であるところを、「2/6取りたい」と主張し、協議書にサインさせました。2人への報復でした。この手の人は傍からはあーだこーだと言う割にははっきりと自己主張するのは苦手なのです。父は我慢強くシャイな人間でしたが、母と弟はいわば「悪意のない悪人」なのです。

こんな状況なので、Fちゃんの優しさと機転には本当にうれしかったですし、H子叔母さんの思いやりには感謝しかありません。若い頃の私は人見知りでH子さんだけでなく親戚全員にぞんざいな対応を取っていたのに、私が子供のころと変わらないテンションで接してくれるのはなんだけ申し訳ない思いがあります。Fちゃんとはその後も母の件について相談に乗ってもらっていて色々とLINEでやり取りさせてもらっています。私は流石にこっぱずかしくてFちゃんの事を「ちゃん」づけでは呼べず「さん」で呼んでいるのですが、Fちゃんは私を子供の頃と同じように「ちゃん」づけで呼んでくれます。なんだかそのことだけでもホッとするんですよね。

母も弟もどこからか急に性格が変貌してしまったのか?いや、そんな事は無いと思います。もともとそういう人だったのでしょう。それであるなら無理して「家族の絆」なんてものに期待するのは自分が苦しいだけです。FちゃんやH子叔母さんのように「いい人」を大事にしていきたいと思います。

ずいぶん話がそれましたが、今日はこんなところです。

それでは、また。

#遺産相続分割協議書

#高齢者賃貸入居

#毒親

#骨髄移植ドナー

#斉藤由貴

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。