ジュリーの思い出① 私の沢田研二デビューは勝手にしやがれ!

こんにちは、みやけです。

今回は沢田研二さんのお話を書きたいと思います。

これからしばらくは続きものにして、私とジュリー、そしてその楽曲に関する思い出を書いていてみたい思います。まず1回目は私とジュリーの出会いとなった「勝手にしやがれ」!今更かもしれませんが、この曲の素晴らしさを自分なりに語りながら当時を振り返ってみたと思います。書いていたようで書いていなかった話なので。

まず私がジュリーを意識したのは1977年、「勝手にしやがれ」が大ヒットしている最中です。当時は小学校5年生であり、「歌謡曲」というものにやや興味を持ちだした頃。それでもまだジュリーは「全員集合によく出てくる、秀樹やキャンディーズと同じ人気歌手」という認識しかありませんでした。まだ例の”新幹線事件”についても、テレビでジュリーが出てくると親父が「こいつはすぐ怒って喧嘩するけんね~」とけなしていたので何となく「怖い人」というイメージを持っていました。

ただしこの時の「勝手にしやがれ」の売れっぷりは半端なものではなかったと思います。1977年の他の同レベルのヒット曲はこの年デビューしたピンクレデイの「ペッバー警部」「ウォンデッド」確かにピンクレディは当時女の子に絶大な人気を誇っていましたから、分からなくもない。でもまあ、アイドルとは言えあまりに当時としては露出の高い衣装故やや色者扱いというか、歌手としては下に見られていたように思います。アニメキャラの延長のような。。。

そのほかで行くと森田幸一&トップギャランの「青春時代」、小林旭の「熱き心」等が当時ヒットしましたが、「勝手にしやがれ」の浸透度とはレベルが違った気がします。その頃私は週に3~4日塾に通っており、最寄り駅の傍にある商店街を抜けてそこに行っていたのですが、レコードや飲食店等どこかの店舗から必ず有線や店舗自身の音源で「勝手に~」が流れてきていたように思います。

そういうことを書くと今の若い人は「また大げさに盛っちゃって、、、」と思うかもしれませんが、まだまだ趣味の選択肢の少ない時代。しかもその時期もっとも売れている曲は「国民の大半が意識して聞いている」と言っても過言ではなかったと思います。「勝手に~」のレコード総売上枚数が約89万枚というのはいまだに信じがたいんですよ。あの年はジュリーの歌が「自然に」耳に入ってこない日は無かった!体感的には300万枚くらい売れた印象なのですが。。。。

しかし、私が「勝手に~」を「良い曲だな」という思いから、一転衝撃を受けるに至ったのは、学校の昼休み時間にクラス一番の人気者のK君が突如「勝手に~」を教団の前に立って振り付け入りで熱唱したのを見たことによるものなのです。K君は運動神経万能、なかなかのハンサムでクラスの女子からも人気があり、急に思い立ってジュリーの真似をしだしても違和感を持たれるような存在でなかったのです。

逆に私は何から何まで地味な存在で、女の子から騒がれることなんて一切ありえない地味な男子でした。正直K君についてはジェラシーみたいなものもあり良くは思っていなかったのです。しかしK君に反旗を翻すような態度を取ると後々学校生活を送り辛くなるような気がして、K君の物まねに対して顔が引きつりながらもw愛想笑いと拍手を送っていたのです。

K君は「歌いだしは腕組み→気配がしてるからの野球帽投げ~波打つようなアアア~ア~→最後は股を大きく開いて両手突き上げ」の流れを完璧に再現しておりました。本来なら嫌悪感を持つK君の歌う曲なんぞ聞きたくもないところなんですが何故か生まれて初めて聞いた”生歌”に衝撃を受けてしまったのです。それまで私が感じてきた巨人の王選手や全日本プロレスのジャンボ鶴田選手とは別の感覚、なんだか女性的な観点からの「カッコいい!」という思いでした。その夜以来私は沢田研二さん個人の事が異様に気になりだして追うようになり今に至る訳です。

しかしなぜK君経由で私がジュリー愛を感じるようになったのか?未だに良く分らないのですが、スター性があり自然と周囲に人が群がってきて異性から好意を持たれるようなK君のキャラとジュリーの華やかさがうまくマッチして私により過剰に伝わったのではないかと思います。私は幼少期から承認欲求の強い人間でしたので常に人から認められたいと思っているわけです。そして自分は言葉を発せずとも自身の計算されたパフォーマンスで周囲にいる人が褒めてくれる、、、私にとっては理想的な環境であり、それを実現しているジュリーの存在は嫌いなK君というフィルターを通してでも伝わってきた、今ではそんな風に思うのです。

しかしこのK君、私には不思議な縁があるのです。彼とは中学まで一緒の野球部に所属していましたが、卒業以降は疎遠になってしまったのですが、4~5年に1回何故か分からないのですが偶然出会うのです。たまたま入った居酒屋で偶然隣の席に至り、私が草野球チームに所属していてその試合最中、相手チームに助っ人参戦しているK君に1~2塁間の強擦プレー中に気いたりw、GSでオイル交換の際、待合室で鉢合わせたり、、比較的近いエリア内で生活しているので偶然会うのは可能性としてはあり得るのですが、他の小中学生との友人とはそんな遭遇は滅多にないのに、K君とはやたら遭遇するんですねw不思議な縁だな、とつくづく思います。今でもあまり好きではないので会っても長い会話にはならないですがw

まあ、私の思いで話はこのくらいにして、以降は「勝手にしやがれ」という曲についての私なりの魅力について書いてみたいと思います。この曲の素晴らしさについては過去色々な権威ある方々が語っており、「何をいまさら」と言うとところでしょうけど、やはり私にも語りたいポイントはあるのですよ!

ファンにはすっかりおなじみの上の動画は1977年の紅白で雄姿!45年前とは思えぬファッション!バックでお道化る男性陣が滑稽に見えてしまいます。まず演奏の印象で行くと、ピアノとドラムが非常に効果的に演奏されていると思います。まず出だしのピアノの演奏は欲情的でなにかこう嫌なことが起きるのではないかという追い立てられる心境をうまく印象付けていると思います。このテンポの速いリズムはなんとなく女性側の反論のようにも聞こえます。いい意味でこの曲のピアノは違和感のある音源なのですよね。

また、ドラムについては歌い手の気持ちがやや変化する瞬間に効果的に挟み込まれ、聴く側にとってより興味を持たせるようなアクセント効果を出していると思います。本来この曲は別れの辛さを振り払いたい心情を吐露した歌だと思うのですが、おそらく時間で行くと5分間かそこらの間に思い浮かべたことを実に演劇的に歌詞にしたものだと思います。ですのでひとつひとつのセリフがとても重要な意味を持っていると思います。

最後の「出て行ってくれ~」というのは実に投げやりなセリフのようにも思えますが、それは相手への様々な思いを巡らせたうえで吹っ切るために叫ぶセリフであり、その前に長々と思い出を語ることで実は歌い手の辛い心情が浮き彫りになっていると思うのです。ですので次のセリフを語る上でドラムを挟むのは実に重要な役割を果たしていると思うのです。

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