ファンクス 対 ブッチャー&シーク組戦の副産物は“孤立の美学” 〜演繹的推理の昭和プロレス研究〜

こんにちは、みやけです。今日は昭和プロレスの検証企画です。全日本プロレスの看板企画「世界最強タッグ決定リーグ戦」に関わる説を唱えようとするものです。前々から常常思っていた事であり、マニアックな昭和プロレスファンなら「そんな事昭和プロレスマニアなら誰でも思っている事だわ!」と多くの方が考えられているような気もするのですが、少なくともこれまでそのような類の意見に出くわしたことがありません。

ただ単に私に昭和プロレスファンとしての横のつながりが無さすぎてそう思い込んでいるだけなのかもしれませんが、どうしても書きたかったので小馬鹿にされる事も覚悟して披露したいと思います。それは「伝説の一戦 1977年オープンタッグ最終戦 ファンクス対ブッチャー&シーク組戦は数々のドラマを生み出したが、ベビーフェース側のチームリーダーの孤立の美学という副産物を生み出した!」というものです。

試合内容をここでクドクド語るのは野暮というものですが、かいつまんで書くと史上極悪コンビがフォークでテリーの腕を刺しまくるという前代未聞の反則攻撃を行います。対そのダメージで一時はリング外で治療受けていたテリーですが、2人にリング上で蹂躙されるドリーを“刺された”左腕のストストレートパンチで救出。ファンクスは見事反則勝ちを勝ち取り、逆転優勝を飾るのです。

 すでに開幕戦の馬場鶴田組対極悪コンビの一戦に乱入したテリーは返り討ち、血だるまにされ因縁はできていたのですが、その感動的なフィナーレは「タッグ企画は当たらない」「年末の興業は当たらない」というプロレス界の2大ジンクスを吹っ飛ばす結果となりました。この内容が日本のプロレスファンに強烈なインパクトを残した原因としては

・世界万国共通の「兄弟愛」に訴えかけた

→弟のピンチに普段はのんびり屋の兄が身を呈して救う。更に逆にピンチになったあののピンチに弟が、包帯を巻いたまま危険を顧みず兄の救出に向かう。よく考えるとかなりベタな設定ですが、やはりフォークという斬新な凶器の存在があった事で見る側の正義感からくるファンクスの反撃への期待度がさらに高まったと思うのです。

・年末最後の大仕事に思い入れが強い日本人の感性にフィットした

多くの企業にとって、年末は最大の繁盛期。「年末は死に物狂いで働いて、正月は家でのんびり過ごそう」という意識は当時の日本人にはより強かったと思います。年の瀬に「今年の集大成」とばかりにオールスターメンバーが優勝目指して競い合う。というシーンはやはり日本人の感性にヒットしたのではないかと思います。

しかしこの試合ではもう一つの副産物が生まれたと思うのです。それは今回のテーマにある“孤立”です。まあ、孤立というとなんだかチームが仲間割れしてしまったようなイメージを持たれるかもしれないのですが、私が訴えたいのは図らずとも2対1の戦いになってしまい(その1は基本ベビーフェースのチームリーダー)、本来は4人の中で一番強い1の方が無残にやられてしまうのでは?という緊張感が発生する効果です。

そしてもっと言えば、仮にチームリーダーとしての1が完敗してしまっても「2対1で戦った結果なのだから、仕方がない、実力負けではない。逆にハンディを追いながら長時間戦い続けたチームリーダーは凄い!」というイメージを持たせられると思うのです。完全決着を極力避けたがる全日本プロレスですが、2体1のローンバトルが発生することによって、「完全決着のようで完全決着ではない」という印象が残るわけです。この辺りレスラーの勝ち負けのフォローにうるさ・・・いや、気を遣う馬場さんらしい発想だと思うのです。

このオープンタッグでもドリーが孤立シーンがあった訳です。しかしこの“孤立”は「伝家の宝刀的にここぞ!という場面でのみ使用するべきだ!」と考えたようで数年に1回レベルで発生しませんでした。(短時間の孤立は通常シリーズでも良くあるシーンですが)でも発生すると全日本プロレス史の中でも極めて印象に残る試合となるのです。時系列的に紹介していきます・

・1980年 世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦 蔵前国技館大会 ファンクス 対 ブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組

 みなさんご存知のように全日本プロレス史上最もスキャンダラスな試合、と言っても過言ではない1戦です。数日前まで新日本プロレスのツアーに参加してたスタン・ハンセンは突如としてブロディ組のセコンドに姿を見せ、試合中リング外でテリーにウエスタン・ラリアットを炸裂させ戦闘不能状態に陥らせます。これにより

ドリー・ファンク・ジュニアが孤立!

場外でピクリとも動かないテリー。ドリーは2対1、それも正攻法で数分間奮闘しますが最後には力尽き、ブロディのフライングニードロップにピンフォールを許してしまいます。試合後更に乱入した馬場・鶴田とハンセンの乱闘があった事もあり、完敗したにも関わらず「ドリーは弱い、ファンクスは弱い」という印象は生まれませんでした。逆に卑怯な手を使った外人側へのファンクス ファンの憎悪が高まった試合と言えます。

そしてこの試合以降、老雄ファンクス 対新興勢力の超獣コンビという新たな展開が生まれる訳です。同年中旬の「ブッチャー引き抜きショック」を完全に払拭し、逆に斬新な新テーマを編み出すという非常に意義のある試合でした。更に翌年も孤立は発生するのです。

・1981年 世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦 蔵前国技館大会 ファンクス 対 スタンハンセン&ブルーザー・ブロディ組

いわば前年の復讐戦が1年越しに行われた訳ですが、ファンクス は超獣コンビのパワーに押されっぱなし。最後は場外に落ちたテリーにハンセンのラリアットが炸裂!サムネのようにのたうちまわったテリーは紙テープに巻かれた芋虫状態になり(ちなみに紙テープはゴング後もなぜかかたずけられず場外の隅に置かれていました)前年同様戦闘不能になるのです。これにより

ドリー・ファンク・ジュニアが孤立!

昨年同様ドリーのピンフォール負けを見せつけられるのか!」と場内のファンはヒートアップします。ドリーはすでに大流血しておりスタミナの消耗も激しいようで、もうそれを回避することは不可避のように思えました。しかし土壇場で超獣コンビがレフリーのジョー・樋口、ルー・テーズに暴行を加え反則負けが告げられます。ギリギリで完敗を回避したファンクス ですが、表彰式では両者セコンドに肩を貸され、ドリーは血まみれ、テリーは半失神という屈辱的なシーンでした。

この実質完敗は「またドリーがピンフォル負けをしてしまう!」というファンの焦りを倍増させる試合の結末への集中力を煽る結果となったと思うのです。“孤立”が定着すると「嫌なジンクスがまた起こるのか?」という不安感がかきたてられると思うのですよ。そして少し時代は飛びます。

・1988年 世界最強タッグ決定リーグ戦最終戦 日本武道館大会 天龍源一郎&川田利明 対 スタンハンセン&テリー・ゴディ組

当初盟友阿修羅・原とリーグ戦参加予定でしたが、開幕戦で「生活態度の乱れ」を理由に原が突然解雇されてしまいます。天龍は同盟のメンバーの川田を新パートナーに指名して参加することを決意しました。当時の川田はアジアタッグのベルトは巻いていたものの、まだメインでシングル戦は未経験。武道館のみならず大阪府立や愛知県体でのタッグでのメイン経験もない、という中堅レスラーでした。それも天龍は川田を抜擢したのです。そのあたりの妄想は私も過去このブログで色々書いています。

川田は期待を上回る大奮闘。リーグ戦ではなんとか優勝戦線にとどまりこの試合でハンセン・ゴディ組を破れば逆転優勝!というところまで持っていきます。しかし流石に全盛時のハンセン・ゴディ組の猛攻に体力負けが顕著となり20分過ぎには場外でダウンしたままになってしまいます。

天龍源一郎が孤立!

天龍はドリーとは違い、巧みに2人のダブル攻撃をかわし、隙をみては逆転フォールを奪うような動きを見せ場内を盛り上げます。“孤立”しながらも対等の動きを見せる天龍は本当に見事でした。しかしこの2人に2対1の戦いはあまりに無謀。18分頃にはついに動きが止まってしまい、20分過ぎにあまりに強烈なハンセンのラリアットが決まり天龍は半回転受け。最後はピクリとも動かずピンフォールを取られてしまいました。

しかしこの時の天龍のラリアットの受けは見事という他はない天晴れな受け方であり、不甲斐なさを指摘するファンは誰もいなかったと思います。逆に「まだ未熟な川田を引き連れ武道館に立ち、あそこまでの名勝負をしてのけた天龍はやっぱり凄い!」という印象になったと思います。そして「孤立であれば負けてもイメージダウンにならない」事が見事に立証されたのではないかと思います、かな?

そして翌年また衝撃的な孤立が発生するのです。

・1989年 世界最強タッグ決定リーグ戦 札幌中島スポーツセンター 天龍源一郎&スタン・ハンセン 対 ジャイアント馬場&ラッシャー木村組

この試合は最終戦ではありませんね。この年のリーグ戦は天龍・ハンセン組と鶴田・谷津組の大2強の優勝争いであることは明白であり、この2チームの組み合わせもこの年再三行われたものであり、新鮮味にはかける大会でした。そしてこの日東京では新生UWFの東京ドーム大会が行われており、最強タッグへの興味度は高いとは言えませんでした。

しかし試合は殺伐としたものになります。先に天龍組が入場、後から入場しリングサイドまでたどり着いた馬場に対し、天龍はトペの奇襲をかけます。通路から斜めに歩いてくる馬場に対し、リング上から頭から突っ込んでくる天龍。非常に難易度の高い技です。敢えて言いますが両者のレスラーとしてのセンスの高さが垣間見える一瞬です。これにより馬場が一時的に戦闘不能になり5分強場外でダウンしままになります。

ラッシャー木村が少し孤立!

場外で応急手当を受けながら馬場は10分前頃にリング復帰し、木村とタッチ。しかし天龍に突っ込まれた脇腹に痛みが残るのか動きが都度都度止まります。その間一人で龍艦砲の攻撃を一人で受けていたラッシャーが場外でダウンしてしまうのです。

ジャイアント馬場が孤立!

馬場は5分以上孤軍奮闘します。木村もリングインを試みますがハンセンのラリアットによって再度場外に吹っ飛ばされてしまいます。そして20分22秒。天龍と1対1で対峙した馬場はパワーボムを完璧に喰らい。3カウントを取られてしまいます。「ジャイアント馬場」に改名してからは日本人選手相手に初めてのピンフォール負けとなったのです。プロレスファンにしたらUWFの新たな波を跳ね返すような衝撃的な結末でした。馬場が弟子に破れたのです。

しかしこれもそれなりにロジックが用意されているのです。まず試合中のほとんどは馬場木村が場外でダウンしており、ほぼ2対1の戦いであった事。そうなった原因はゴング前の天龍のトペ、言わば反則攻撃によるものであるからという2段の言い訳?があるのですwこの時の馬場は50歳を超えており、タイトル戦線からはとっくに撤退していました。ファミリー軍団との抗争に浸り始めた頃であり、ピンフォール負けしても年1回くらいなら全然問題なかったと思うのですが、「弟子に負ける」ということはそう簡単に受け入れられるというものではなかったのでしょう。

そのため“ダブル孤立”+天龍の試合前の奇襲、という2重3重の縛りを用意したのではないかと思います。でもこれはやはり功を奏し、「天龍は株を上げ、馬場も衰えを指摘されない」というウインウインの結果になったと記憶しています。

そして最後、私が記憶している最後の孤立。ここでも馬場が窮地に追い込まれます。

・1993年 世界最強タッグ決定リーグ戦 大阪府立体育館 ジャイアント馬場&スタン・ハンセン 対 川田利明&田上明組

この年ハンセンは、久々に全日本マットに復帰したテッド・デビアスをパートナーにリーグ戦に参加しましたが、デビアスはツアー直後に怪我で緊急帰国。ハンセンはこの年よりリーグ戦への参加から身を引いていた馬場をパートナーに参加の再トライを行なっていました。この時の馬場は後2ヶ月で56歳という年齢。足腰の衰えも顕著で、必殺の16文キックも、コーナーポストにもたれかかった状態でしか打てなくなっていました。

しかしリーグ戦では格下相手に連勝を続けていましたが、流石に優勝候補の川田・田上組相手にはそうはいかず、中盤戦から2人の猛ラッシュをくらいます。ハンセンもその時は40越えていますから決して動きが良かったわけではないのです。そして川田の顎へのハイキックをくらい場外転落!

ジャイアント馬場が孤立!

川田と1対1で相対するもキックの連打をくらいます。そして対角線からダッシュしてくる川田の渾身のラリアット!抜群のタイミングで決まり馬場はリング中央で大の字に!誰もが「馬場が川田に負ける!」と思った瞬間です。しかし弱々しくですが馬場の足が上がりギリギリカウント2で返すのです!既に馬場コール一色だった場内ですが、この後からは悲鳴に近い絶叫と化します。実況の日テレ若林アナは「馬場頑張る!馬場頑張る!・・・馬場がんばれ!」と叫んでしまうのです。

そして残り時間1分!なんとか立ち上がり入れ替わった田上を場外に放り出した馬場。田上がリングインした瞬間を願って切り札のランニングネックブリーカードロップを繰り出します!しかし馬場が田上に覆いかぶさった時に時間切れの無念のゴング!場内は大拍手!馬場は「やれやれ、なんとか逃げ切ったよ」という安堵の表情です。

しかしプロレスファンならピンとくると思うのですが、最後は馬場が田上に覆いかぶさった状況で時間切れのゴングがなった、という点にはなんともニヤリとしてしまうと思うのです。特に全日本マットにおいては「時間切の際は最後の瞬間攻めていたレスラーの方が格上」というのが暗黙のルールですからね。鶴田対長州戦で、最後はジャンボが長州に対しあまり意味のなさそうな逆エビ固めで時間切のコールとなったのは有名です。

“孤立”という切り札+55歳の高齢という条件を揃えても、馬場はふた回り下の川田なんぞには負けるわけには行かなかった、そう感じてしまいますね。翌年の武道館では三沢に破れるわけですが、これはもう「ちょっとやりすぎたかな?」と感じたのでしょうか。。。。

最後にまとますと、副産物的に発生した“孤立”という状況は全日本プロレスのリング状のドラマ形成に大きく寄与した!こんな小難しい結論で締めたいと思います。まあ、あくまで妄想、演繹的推理です。

それではまた。

#全日本プロレス

#世界最強タッグ決定リーグ戦

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