介護へのジェラシー

こんにちは、みやけです。皆様の体調はいかがでしょうか?

連日この時期ではありえないような猛暑が続いているため、私自身はかなり夏バテ気味です。そして約ひと月まえに書いた下記のブログのように義母の認知症が進みだしたため、各種打ち合わせ・調査のため休みの日でもそこそこ忙しい毎日なのです。

義母は某地方都市在住なのですが、先々週妻は義母へのヒアリング・健康状態確認のため単身で2泊3日帰省しておりました。しかしその行動に眉を顰め、私たち夫婦の行動に横やりを入れて来た者がいたのです。それは私の実母でした!

私の母についてはこのブログを書き始めたころにずいぶん取り上げたものですが、改めて言うと、いわゆる「毒親」系の人であり、共感能力が極端に低く支配欲が強固、兎に角人の言うことに従うことを拒み(しかも一見聞いたようなふりをして実際は行動しないタイプ)、恩を仇で返すタイプの人間なのです。

母は約5年前に夫(私の父)を亡くしてから、2階建ての一軒家に住んでいます。部屋が10室ある大きな家なのですが、築30年以上経ち老朽化しており、老人が一人で暮らすのには管理が大変なはずですが、物事の価値基準を金銭でしか測れない母は、いわゆる昔流行った「郊外の高台の一軒家」に住んでいることが自身が他の(貧乏な?)人間と違う点である、と信じて疑わないようで、マンションへの引っ越しや施設に入ることも考えず、頻繁に愚痴をこぼし、なにかあると電車で15分の場所にある私の家に電話し妻を呼び出し、好きなように余生を送っています。(こう書くと凄い資産家のように聞こえるかも知れませんが、貯金は微々たるものですw)

その母は義母の認知症が悪化している話を聞くと、常に「●●さん(義母の名前)が可哀そうでならない、、、」と心から哀れそうに言うのです。それは当人を心配しての事ではなく、「施設に入る→姥捨て山、捨てられる」という差別意識丸出しの固定概念であり、それを本気でそう思っているから始末が悪い!

私は妻と母の会話は常にヒヤヒヤしながら聞いているのですが、ここ最近妻の気持ちが義母に行っているのを感じ取ったのか(当たり前ではありますが)「私をないがしろにするな!」的な行動が目立ってきたのです。

妻が実家に旅立つ前、母は3日連続で「体調が悪い(めまいがする)」というメールを送ってきたのですが、しかしそういう話なら家族の手に負えずお医者さんに診てもらうしかありません。 ですので妻は母の自宅に立ち寄ることもなく帰省したのですが(そもそも来るように言われたわけではない)、私は母の性格を推測し、「絶対福岡に返ってくる瞬間を狙って騒ぎ出すな」と見立てました。

そして案の定?妻が福岡に戻った翌々日の朝7時半に、妻の携帯に母から電話が入り「昨夜トイレの中でめまいがして動けなくなった。朝一番病院に行くので一緒についてきてほしい」というものでした。電話は一方的にしゃべると切れたらしいです。母の電話はいつもこうなのです。

緊急事態のようにも思えますが、「今はどういう状態なのか?」が全く説明がありません。自分の足で病院に行こうとしているのか?自ら行動できるのか?歩けないのならそれが治まるまで出歩くべきではないのではないか?救急車を呼ぶべきではないのか?いろいろな考えが頭に浮かびます。

私は妻を助手席に乗せ、病院に向かうため(脳神経外科)まず実家に寄り、とりあえずチャイムを押しました。すると母は普通に出てきて外出の服装に着替えており「さあ、行きましょうか」とのたまいました。。。。

嗚呼、、、、何度こんなことが繰り返された事か!結局は息子夫婦に急いで駆けつけてもらいたいがために芝居をうっている訳です!普通の人であるなら「一刻も早く病院に行かねばならないほど具合の悪い人が、どうしてスタスタと訪問者に応対し、自分で普通に歩いて車に乗り込めるのか?」と思うのでしょうが、人の気持ちが理解できない母にはそんなことは創造できないのです。

病院ではレントゲンも撮り、診断結果は「特に以上はなし!」80歳という年齢を考えれば概ね健康。半年前の脳の検査結果も見せてもらいましたが、海馬の萎縮も見られず認知症の兆候は見られないということで一安心です。ただしうつ病のSDS検査では、基準値40点を大幅に上回る59点であったことが気になるところです。

先生の見解としては、ふらふらの原因は自律神経の乱れであり精神的なもの(高齢者には結構この症状は多いようです)、更にいえば依存度の強い性格だと望まずとも何もないのに身体に何らかの不調が現れるもの、というようなことをおっしゃっていました。

私は先生に「母は北朝鮮がミサイル発射する様に、ただ注目を浴びたくて後先を考えずに騒動を起こすのですよ」とか「私はプロレスファンなのですが、母もまたレスラーよろしく人の見ているところでだけ派手に体調が悪いフリをするんですよ」などとまくし立てたのですが、先生は笑いながらも否定も肯定もしませんでした。

母当人は私の横にいたのですが、耳が非常に遠いことになっているので、聞こえていない感じの表情をしていました。ただし、母と会話をしていると、自分に都合がいい話は聞こえ、都合が悪い話は一切聞こえない、と選り分けているようにしか思えないのですけどね。

結局何事もなく無事に帰宅したわけですが、今回の件、介護へのジェラシーからきたものとするならこっちはたまったものではないんですよね。もちろん母の具合が悪化するのならこちらも全力でフォローしますし、同時進行になったとしても、仕方がありません。

でも、義母へ神経が集中しているときに、自分の自覚症状はないのにこんなあてつけの行動をとられると頭にも来ますよ。実意の親の介護に向き合う事は今まで育ててもらった罪悪感もあれば、その逆に「今まで自分にダメだししていた人がなぜこんなこともできなくなるのか?」という怒りも出てくるのですね。

私と妻は協力して、それぞれの義理の親について神経を注ぐようにしています。やはり生みの親の介護は感情的になるものですから。。。。でもまあ、こういうのは序の口なんでしょうね。

とりあえず年内は義母の施設入所が完了するまでバタバタしそうです。なかなか肉体的にも精神的の負担が多い作業ですが、人対人の問題を解決するに当たっては「できないものはできないとあきらめ自分のやれる範囲のことをやる」ことが大事だと思います。親の老後の為に自分の人生をつぶすなんて事はナンセンスですよ!

今日はこんなところです。それでは、また。

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