元新日本プロレス 原薗善由紀さんの『山田屋』と鹿児島県立体育館(前編)

こんにちは、みやけです。今日から2泊3日で鹿児島旅行を満喫しています。と言っても単純な観光旅行では無く、妻の実家の里帰りを兼ねたもので、義母の体調問題の家族協議があるとの事で、私は何か肉体労働が有れば顔を出す、という少し時間に余裕がある旅なのです。

東京に住む23歳の姪っ子とも鹿児島空港で合流しました。昼前には鹿児島入り。私はいい機会なので鹿児島でのプロレスネタの収集を試みているのです。

まず始めに向かったのが、元新日本プロレスのレスラー、原薗善由紀さんが経営する「山田屋」という定食屋さんです。実はこのお店、前にも2回程訪れた事があるのですが、このブログを始めてからは初訪問です。

店主の原薗さん(現在61歳?)はかつて新日本プロレスにレスラーとして所属し190cmを超す身長で同期の前田日明や平田淳ニ(スーパーストロングマシン)等と共に将来を大きく嘱望されていたのですが、無理に体重を急激に増やしすぎた為身体を壊し、デビュー間もなく引退されています。

しかし引退後はこの「山田屋」を長年経営され、堅実な第二の人生を歩まれています。私も以前訪れた際は、小さいながらも(失礼!)本当に地元の方々に愛されていて、リーズナブルで味も最高な定食屋さんだなあ、という印象を持ちました。

いよいよ到着です。私は事前に電話で連絡し、店内で写真を撮ったり、原薗さんに話しかけていいかどうか確認を取ろうかと思ったのですが、私は原薗さんがどんな方なのか全く存じ上げませんし、相手も私の事は分かりません。非常識なプロレスオタクオヤジが忙しいランチタイムで傍若無人に振る舞う許可を取ろうとしているのでは?と警戒されるかと思い、結局何も連絡しませんでした。その時の雰囲気で話しかけようと思いました。

しかも、妻・姪っ子と3人連れで、到着は11時50分!「これからランチタイムで忙しくなるだろうな、撮影等は無理かも」と思い店に入りました。幸いにも店内にお客さんはまだ1人で私達3人は並んでテーブル席に座る事が出来ました。

私はミックスフライ定食、妻は生姜焼き定食、姪っ子は唐揚げ定食を頼みました。店のウリはマグロだと思うのですが、私は持病の治療の関係で生物はまだNG、他の2人も自分の好きなものを頼んでしまいました。原薗さん、ごめんんなさい。。。。

そうするうちに、どんどんお客さんが入ってきて、10個の椅子は直ぐに埋まってしまいました。「あまり失礼な行動は取れないな、、、」と思いながら、原薗さんに私がプロレス関係のブログを書いており、お店の紹介をしたいので写真撮影させてもらえないか頼むと、事情をすぐに汲み取ってくれて快諾頂けました。本当に嬉しかったです。

初めて原薗さんと話したのですが、大変話しやすい方でした。心を開放しているというか、何を聞いてもウエルカムな感じで、接客業の鑑とも言える対応でした。それでも軽いという訳でもなく、長年お店を続けてきた自信というか重さのある言葉を発する方でした。

私のミックスフライ定食。900円です。私はミックスフライ定食に目がないのでついこれを頼んでしまいました。ご覧の様にボリューム満点ですし、魚はどれも素晴らしく新鮮で美味!晩に疲れた身体を癒すためにビールを横の食すのもいいなあと思いました。

生姜焼き定食、750円。鰻の蒲焼っぽい味付けでとてもご飯にあったそうです!

唐揚げ定食、750円。姪っ子も大満足、、、のはずです!

私達は姪っ子と久々の対面だったのでややゆっくり目に食べたのですが、出ようとした時にはお客さん全員が入れ替わっているのにビックリしました。料理が出てくるのに10分もかかりませんでしたし、なんだかこの店の繁盛の秘密が少し分かった気がしました。皆さん地元の常連さんばかりの様でした。

忙しい中、原薗さんはカウンター越しの写真撮影に応じて頂けました。不躾な頼みでしたが、本当に有難いです。

勘定を済ませて、私のブログについて説明していると、原薗さんは屈託無く笑って「どっちのファンですか!?私は新日本プロレスにいたんですよ!前田と同期でね!平田?そうそう!」と、どこの誰ともしれぬ私相手に気を使った頂き、屈託なく笑っておられました。

ほんの少しだけお話させて頂いただけですが、みんなが周囲に集まってくる様な原薗さんの人徳をひしひしと感じました。今後は定期的に来て別の料理を食べたいものだとつくづく思いました。

浮かれた私は嫌がる姪っ子を留まらせ、店の前で最後の1ショット!ご馳走様でした!

さて、、、、、以降は私の妄言となります。

引退後のプロレスラーですが、日本の場合、飲食店を経営される方が非常に多いように思います。逆にアメリカ・ヨーロッパの場合、カーディーラーや保険の代理店や工場・販売店経営等プロレスとは全く関係無い職業に就くパターンが多いように思います。全日本プロレスの中堅選手として活躍した佐藤昭雄さんは、今は長距離トラックのドライバーをされているとか。。。。

その傾向の理由として、かつての日本の団体所属システムというのが調理の技術を獲得する道を作りやすかった事が大きいかと思います。また、力道山氏、芳乃里氏や馬場さん、猪木さんが引退後のレスラーの受け皿となるのを上手く作れなかった責任もあるのかも知れません。

フロントや指導者として団体に残るケースはほんのひと握り、団体を転々としアウトロー的なレスラー人生を送ったものは、個人のスポンサーを頼りに飲食店を経営するのは自然な流れかも知れません。

そしてその店が、かつて自分を応援してくれたファンの形の語らいの場となるのもそれはそれでひとつの生き方だと思います。でもここ数年、そのような経営をされている元レスラーの方々が、かつて関わったレスラーを見せに来たマスコミや常連のファン相手にボロクソにこき下ろしているという話をよく聞きます。

聞くというか、その話をメインにした本の出版や、果てはYouTubeチャンネルも盛んです。ただ私はその手の話を間接的に聞くたびに情けなくなるのです。

あいつは本当は弱い」「あいつはみんなから嫌われている」「あいつから金を騙し取られた」「俺は団体を盛り上げるためにどれだけ自分を犠牲にしたか誰もわかってくれない」。。。等等。。安い居酒屋でクダ巻いているサラリーマンそのものです。

それを聞く相手がいるというのは、結局未だプロレスが続いているから。自分達の後の世代がなんとか踏ん張ってプロレスというものを存続させてきたから、その人たちの店の経営が成り立っている部分があるはずなのです!

プロレスにはケッフェイがあります。それによって自分自身が不当に冷遇されていた部分もあるかも知れませんが、逆にいい思いをした事もあるはずなんです。でもその道は自分が選んだ道のはずでしょうよ!家族を人質に取られ、脅迫されてプロレスを続けたレスラーがいるとでもいうんでしょうか?

ケッフェイを盾に自分が評価されいないと叫び、ケッフェイを盾に自分の都合の悪いことは棚に上げる。。。。プロレス人生が不完全燃焼だったのかも知れませんが、第二の人生でもまた上手くいかなかった事を相手のせいにしつつ、結局はお世話になったプロレス界に依存しているとしか思えないのですね。

話が大きく逸れましたが、原薗さんのように、プロレスに依存することなく第二の人生を逞しく生きているのは素晴らしいなと思います。

そして午後からは未だ現役として健在な鹿児島県立体育館を見学してきました。ただ、今回のブログがあまりに長くなったので、また次回に!

それでは、また。

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