分岐点

こんにちは、みやけです。

このブログも最近は企画ものばかり書いていますが、今回は私の病気の件について思うところを書いてみたいとおもいます。

今年も早いもので間もなくクリスマスなわけですが、私にとっては3年前の12月25日は一生忘れられない思い出があるのです。もう何度もこのブログで書いた話なのですが、一旦翌年1月20日に決まっていた骨髄移植がキャンセルになったことを告げられた日なのです。

骨髄を提供してくれるドナーさんについては契約まで完了してしまったのですが、最後の健康診断で心臓の機能に異常が見つかり、キャンセルとなってしまったのです。

私は前年末に骨髄異形成症候群の診断を受けたのですが、低リスクだったのでとりあえず様子見だったのですが、あれよあれよというまに数値が悪化し9月にはビザーダ治療を開始。同時に骨髄移植を決意し骨髄バンクに登録していたのです。

バンク登録時に私の白血球の型と完全合致するドナーさんは20人程度おられたのですが、担当医が選出した最初のドナーさんがトントン拍子に手続きが進行し他ので、誰もが苦しみ絶望するドナーさんの確保の問題について私は特に悩むこともなく「彼にこの方がダメになったとしても、20人近く次の候補がいるのだから何も心配することはない」と、余裕をかましていました。

しかし、問題の12月25日病院から急に携帯に電話があり呼び出されたのです。先週に最後の定期検診は終了しており、入院日の打ち合わせも終了していました。なので、電話を受けた時には嫌な予感しかなかったのですが、とにかく私は会社を休んで妻と病院に向かったのです。

病室に入ると担当医とその上司が揃って私を待っており、「この移植は中止」との説明を受けました。呆然とする私でしたが、追い打ちをかけるように同時進行中の第二候補の方も諸事情で脱落しており、ドナーさん探しは振り出しに戻り、最短でも移植が出来るのは3ヶ月後とのことでした。

それだけでもショックでした。しかし先生達は「このようなケースは稀というわけでもなく、それなりに起こりうることであり、バンクに登録されtるドナーさんでも移植実現まで持っていけるのは半分もないのではないか?という説明を受けました。

私たち夫婦は一気に地獄に叩き落とされたような気持ちで病院を後にしたのですが、自宅で骨髄移植の現状について検索してみると、ドナーさんは健康診断の結果、および本人の都合等でキャンセルになる方が普通であり、20人30人のドナーさんがいても確定できなかったケースも沢山ある、というような現実を突きつけられました。

骨髄移植は移植前・移植そのもの、そして移植後も様々なハードルがある訳ですが、私はその時点では全くその辺りの事を勉強しておらずかなり安易に考えていたのです。なので今後の“見立て”を担当医から告げられた時には半ば「騙された」と思う気持ちになったのは否めません。「なぜ事前に言ってくれなかったのだ」という悔しい気持ちを抑えることはできませんでした。

もちろんドナーさんの確保という問題は病院の責任とは別問題であり、医師側が謝る必要は無いのですが、患者側の気持ちに寄り添うにはそれもやらなければならない仕事なのでしょう。しかし私はその診察の際は怒りをあらわにしてしまいました。その件は本当に申し訳なかったと思っています。

その後、これまた何度もブログで書きましたように、20人近いドナー候補の方は全滅。私は当時体重が90キロあったのでドナーさんの選択の範囲を広げるために、担当医の意向とは関係なくダイエットにチャレンジ。5ヶ月で20キロの減量に成功し、広がった選択肢に入ってきた最後のドナーさんが確定。無事移植を行うことができたのです。

「もしあのまま最初の方から予定通り移植を受けていたらどうなったのか?」という想像は今でもよくしてしまいます。それは白血球の型云々というより自分自身の気持ちの持ち方の問題ですね。その時はまだ骨髄移植への理解があまりにも貧弱であり、移植が上手く行っていたとしても、その後のGVHDその他体調不良で精神的にボロボロになっていたような気もします。なんせ、抗がん治療で毛が全て抜けることも分かっていなかったのですから。。。

ただしダイエットに成功したことで「自分は出来る事はやり抜いた」という自信を持つことができましたし、ドナーさんも最終的に25人の最後の1人が確定できたのですから「この件に関しては運が向いてきている」という根拠のない自信を持つことができました。

なので入院中は見舞いにきてくれる妻や看護師さん達と楽しくおしゃべりして過ごしていましたし、ふと死が頭の中をよぎる、、、なんてことも一切ありませんでした。口内のただれ・高熱・喉の腫れ等GVHDは相当酷かったのですが、何かこう自分は誰かから守られており、間違いなく生き抜く道に向かって導かれている、という気がしていたのです。

思えば3年前のクリスマス診断は人生の大きなターニングポイントだったように思います。ドナーさんの脱落は結局は変えようのない事実だったと思いますが、あの時不貞腐れ、病院を恨み、さらにはドナー候補の方を恨み、自堕落になってしまっていたら間違いなくいまの私はなかったという気がします。

怒りを抑え、いや、怒ってもしょうがないと思い直し、対応策を考えそれが成功したことで、ノーベル賞を取ったとかオリンピックで金メダルを取った、くらいの大きく揺るぎない自信を得ることができたのです。職場や私の周囲の人は全くそんなことには気づいていないのですが、私自身はGVHDによる制限は未だありながらも毎日充実して過ごしています。

大金を得たわけでも、何がしかの大きな名誉を手に入れたわけでもないのですが、目標を達成したというのはこんなにも自信がつくものなのかと実感しました。ある意味如何にこれまで私が漫然と生きてきたことの裏返しでもある訳ですが。。。。

そして今でも私自身の気持ちは常に充実しており、「あれもやりたい」「これもやりたい」というプランが山積みです・コロナ禍でストップしたものも多いので世界が平和になるのを楽しみにしています。それまで何かと言えば常に憂鬱な人生を送ってきたのですが、気持ちの持ち方一つでこんなにも人生が開けるのか!と自分でもびっくりしているのです。

あの忌まわしいクリスマスの日、サンタさんは私に形にはないが、貴重なプレゼントをくれたのだ、と思うようになっているのです。人生50年も生きてきて、周りの状況は変わらなくとも、考え方を変えるだけで自分の人生を変えることができる、その事を学んだ気がします。

そして最後に、、、私はtwitterを通じて同じ系統の病気の方と繋がらせていただいております。これもまた制限の多い人生を歩む中で大きな励みになっています。

でもそんな中にはいつの間にか書き込みが少なくなったり、それを気にしていると急に家族の方から『残念な悲しみの報告と挨拶」を受けることがあります。そしてその報告は大半が若い方なのです。

私なんぞは後6、7年で60歳になる訳ですし将来のことなどは気にせずただひたすら病気を治すことに専念すればいいのですが、若者は同時進行で病気と向き合いながら将来どう生きて行くかも模索しなければならず、相当な精神的負担を背負わねばならないのです。小さいお子さんがいる方もいらっしゃるし。。。本当に頭が下がります。

そしていま現在も頑張って生き抜こうとされている方がいらっしゃいます。本当に素晴らしい精神力です!

私自身は何もできませんが、どうか無事でありますよう祈る次第です。

今日はこんなところです。それでは、また。

#骨髄移植

#骨髄異形成症候群