プロレスとはブッチャーのジャンプである!(みんなで楽しもう昭和プロレス)

こんばんは、みやけです。

前回にも書きましたが、私の長いプロレス観戦歴(もちろんテレビ中継含)の中でもっとも印象的、心に残ったシーンと言えば、全日本プロレスの1987年世界最強タッグ決定リーグ戦の開幕戦メインイベントの公式戦。ジャンボ鶴田&谷津嘉章組 対 アブドーラ・ザ・ブッチャー&TNT組の試合なのです。そしてその試合の中で、ブッチャーが鶴田のチョップを防御、地獄突きで切り返し、いったん間を取ったあと、得意の?怪しげな空手パフォーマンスを繰り出し、何を思ったっかブッチャーがピョンピョンジャンプ!その光景に観客が大きく沸いたシーンこそが実にプロレスというジャンルを象徴した素晴らしいシーンだと思うのです。

なぜこの試合なのか?私は全日ファンなのですが、自身が思う一番の名勝負は馬場対ハンセンでもなく、鶴田対天龍でもなく、三沢対小橋でもない。猪木対ストロング小林でもなく藤波対長州でもないのです。この試合は大学生のころ、テレビの生中継で見て、当時はうまく表現できないもののなぜだか異様に興奮したものですが、大人になり俯瞰的にプロレスを見るようになって、改めて「素晴らしいシーンだな」と思ったのです。私は試合内容でなく、その瞬間が醸し出すシーンに大きな感銘を受けたい、そう思ってみているファンなのです。

それはどうしてそう思ったのか?順番に説明したいと思います。プロレスファンでもあるお笑い芸人のケンドー小林さんが、テレビ朝日のバラエティ番組の「アメトーーク」のプロレス芸人特集に出演した際、当時新日本で異彩を放っていた中邑真輔(偏在はWWE所属)のパフォーマンス「イヤォ!」(何かアクションを起こすたびにこの言葉を叫ぶ)に対して、『イヤォ!には決まった意味は無い。各々が自分なりに解釈する言葉である。それはOKでもNOでもどちらでもなく、その後の展開を見ながら自分なりに解釈していけばいいのだ』と解説しておられましたが、実にプロレスというジャンルの本質をついた素晴らしい言葉だと思いました。

しかし、この鶴田組対ブッチャー戦のこのシーンがなぜ私のそこまで深い感銘を与えたのか?普通に見れば「ブッチャーの久しぶりのパフォーマンスを見た観客が懐かしさのあまり、見慣れた光景なのについ歓声を上げてしまった」ということになるのですが、事はそう単純ではないのです。この試合に至るまでのプロレス界の流れもまた密接に影響してくるのです。

当時の状況ですが、まずライバル団体の新日本プロレスにてトラブルが発生していました。1987年11月19日後楽園ホールでの長州力&マサ斎藤&ヒロ斎藤組対前田日明&木戸・高田組戦にて、試合中長州の顔面を前田日明が蹴って目を負傷させたのです。いわゆる「前田、長州顔面蹴撃事件」です。理由・背景は諸説あるので省きますが、長州はしばらく負傷欠場。前田は「プロレスルールから逸脱した行為を行った」という理由で新日本プロレスから解雇されてしましました。

この件について、当時の多くのプロレスファンは違和感を感じました。新日本は、やもするとショーマン性の強い全日本プロレスの試合に対し「自分達の方が真剣勝負に近く、本気の戦いをやっている」という差別化のアピールを再三行って来ていました。その理論からすれば、顔面蹴りも「アリ」のはずなのですが前田の危険なプレーを認めないのは理論に矛盾があるというのが多くのファンの意見でした。


いい、悪いはともかく当時はプロレス業界も低迷しつつあったため、「プロレス最強」幻想を持っていたファンは強いものを厄介払いするような対応にガッカリしてしまったのです。そして同時期、ビートたけしさん率いるプロレス団体「TPG」が新日本マットに上がろうとしていたことにも「ストロングスタイル」への矛盾を感じたファンも少なくなかったと思います」。

前後して全日本の正解最強タッグ決定リーグ戦が開幕。このシリーズのウリはかつて全日本の大エース外人であったブルーザー・ブロディとアブドーラ・ザ・ブッチャーの復帰です。しかし、ブッチャーについては既に50歳近くになっており、ファンが見たいのはブロディの勇姿。ブッチャーは正直「久しぶりだしついでに見てみるか」という印象でした。

今更説明不要かと思いますが、ブッチャーは1970〜80年代に大活躍した悪のヒーロー。隠し持ったフォークや五寸釘で相手の額や腕を切り裂き自らも毎試合のように流血するという、新日本のいわゆる「ストロングスタイル」とは対極にあるレスラー。全日本で大活躍した後、新日本に引き抜かれましたが、試合のマンネリ化や高齢になったこともあって新日本の契約を解除されていました。

ただしかし、性格的には自己顕示欲の塊で超銭ゲバのブッチャー。復帰にあたっては相当に気合が入っていたと思われます。入場の際は割と好意的にファンから迎えられたブッチャー、パートナーのTNTも予想以上の動きを見せ、いよいよ私が語りたいシーン!かつてのライバル、鶴田と相対し鶴田のチョップを左手で受け止めると素早く右手で喉への地獄突!素早く右手で喉への地獄突!大きく手を回し恒例の胡散臭い?空手の型のパフォーマンスを披露し大見得を切りました。

場内は大歓声!ファンの反応を大げさに確認するブッチャー!その時場内を見渡すブッチャーの表情がアイキャッチ画像です。するとブッチャーはその場で3回ほどピョンピョン飛び跳ね出しました。達磨のような体型のブッチャーが飛び跳ねると場内はまた大歓声!それはブッチャーが「俺を年寄り扱いするなよ!まだまだこんなに身軽だぜ!」と言っているように見えますし、暖かく迎えてくれたファンに対して嬉しくて飛び跳ねているように見えました。このシーンは素晴らしい!!

・・・・ここまで読まれた方は「この人は全日本ファンで、単に当時の新日本の日本人抗争に飽き飽きしていたところに、懐かしいブッチャーのアメリカンスタイルのプロレスのパフォーマンスが新鮮に映って狂気したのだな?私が本当に書きたいのはこの後の文章です!単純に2つの見方があるよね、とかその程度の話ではありません!(笑)

この状況、映像で見ると実に自然にファンの歓声が沸いているのですが、リング上のブッチャーとファンの側には(おそらくですが)意識のズレが間違いなくあります。

まずブッチャーですが、直前の新日の状況を把握していたとは思えません。「前田がなんかやらかしたらしいな」程度の認識は関係者から聞いて知っていたかも知れませんが、そうであったとしても自分のアピールのことで頭がいっぱいだったでしょう。もう日本マットでガッポリ稼ぐことはできないのだな、といじけていたところに千載一遇のチャンスが舞い込んできたのですから。。。

ブッチャーのうさんくさい空手演武はルーチンのお約束です。ジャンプについては、自分を温かく受け入れてくれたファンに対してお礼の意味を込めたパフォーマンスだったのではないでしょうか?ヒールゆえ深々とお辞儀する訳にもいかず、喜び→身軽さの顕示という捻った表現を取ったのだと思います。

方や場内のファンですが、他団体とはいえ「新日で変な事が起きちゃってるな〜、せっかくプロレスを見るんだから明るい気持ちにさせて欲しいな」という気持ちの方が多かったのではないかと思います。そしてブッチャーの懐かしいパフォーマンス!ファンはなんとなく忘れていたプロレスの持つ、うさんくさいながらも開放的・牧歌的な選手個人の魅力というものを突然思い出したのではないかと思います。「あぁ〜!そうそう!プロレスの魅力ってそれなんだよ!」的な。

つまり、ブッチャーとファンの意識は微妙に、いや、かなりずれておりブッチャーは自分をめいっぱい誇示、その結果ファンはプロレスの本来持つ魅力を思い出して歓声を送っていたのです。ストレートにブッチャーのパフォーマンスに歓声を送ったわけではないのです。話は変わりますが、バラエティ番組で「変な空気」という言葉が出たりします。空気を読めない芸人さんが、自分の素の行動で笑われているのにその事に気付かないで客席がクスクス笑っている状況がそのひとつですね。しかし、この時は認識のズレがあるにもかかわらず実にスムーズにブッチャーのパフォーマンスからファンの大歓声になったのです。

で、何が言いたいかというとですね。プロレスは各々どんな見方をしたっていいんです。だから飽きないし、いい年になっても色々な視点で語る事が出来るんです。真剣勝負前提で見るのもよし、筋書きありきで見るのもまた楽しいし、私みたいにそれとはまた別の目線で見るのもよし、アイドルを見るような目線で見るのもいいでしょう。おそらく会場にいるファンはそれぞれがそれぞれの見方をしている筈です。なのに盛り上がる時は必ずその前兆があり、おきまりのパターンで盛り上がる。逆に一旦しらけるとレスラーがどんなに頑張っても客席はうんともすんとも言わないのです。勝とうが負けようがそれは同じです。

そして!これがまた重要なのですが、想定通りに試合が行われたとしても、思っていた以上に観客側のリアクションが大きく、意図しない方向に物事が進み始める。これもまたプロレスにはよくある光景であり、政治の世界ともよく似ていると言われます。長州の藤波への反逆は計画されたものだったようですが、だれがその後の展開を予想したでしょうか!

一般的なスポーツ、野球やサッカーを思い出してみてください!見る側の目線は基本的にそれほど多くのものがあるわけではありません。見る側は基本的には応援するチームの勝利をまず第一のポイントと考えているでしょうし、その次がご贔屓選手の個人的応援でしょう。ミーハーな女性ファンは勝ち負けなどどうでもよくて好きな選手のかっこいい姿が見れればそれでいい、と考えている人もいるかもしれません。もしくはただ騒ぎたいだけの人、、、カテゴライズしてもそれくらいではないでしょうか?

しかしプロレスというのは見る側は微妙に違った色々な視点で見ているのです。ただ純粋に目の前で行われている試合を真剣勝負としてそのまま受け入れてみている人、逆に真剣勝負とは捉えずにそれを逆に楽しんでいる人、そしてそれをどちらとも判断しかねて何が真実か探りながら見ている人、、、、それぞれの比率もまた千差万別であり、観客が1万人いるとしたら1万人それぞれが異なった目線で観戦している、と言っても過言ではないのです。こんなジャンルのイベントがあるでしょいうか?!

そして、何をもって「素晴らしい」とするのか、それもまた定義づけがあいまいなのです。勝てばいいというわけではないし、試合内容さええ良ければいいというわけでもない、そしてその試合内容をどうとるかというのも人によって異なります。このようにレスラー同士の自身のセンスで提示されたものを観客がその価値を判断するという類い稀れなジャンルです!IWGP第1回及び第2回のアントニオ猪木対ハルク・ホーガン戦なんぞは、勝つことだけでなく、試合内容及び感動までハイレベルの内容を提示しなければならなったわけで、うまくはいかなかったものの、あんな状況に自ら身を置いた猪木さんは本当にすごいなと思います。

そして話は戻ってくるのですが、私が初めてプロレスを「見よう!」と思って見たのは1976年のエキサイトシリーズ開幕戦。マーク・ルーインのスリーパーホールドでサムソン・クツワダがぐったりとなってしまい、私は父に「この人首を絞められて死んでしまった!」と泣きながら叫んだものです(笑)当然その当時は「ガチ」目線で見ていたわけですが、しかし今では違います。でも普通なら「な~んだ」と言って離れて行ってしまうであろうプロレス未だ熱心に見ているのは上で述べてきたようななんとも他にはない見方が出来るジャンルだからなのでは?そう思っているのです。

話を戻すと、この鶴田組対ブッチャー組戦、様々なバックボーンが絡んでこの時にしかありえない名シーンが生まれるというプロレスならではの試合なんですね。そこにプロレスの見方の面白さが詰まっているんです。おわかりいただけたでしょうか?

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