国葬   そして放っておけない人たち

こんにちは、みやけです。

今秋96歳で亡くなられた英国のエリザベス女王国葬が執り行われました。そして9月27日には今夏テロリストの凶弾に倒れた故・安倍晋三元首相国葬が執り行われます。今回のブログの内容は安倍さんにスポットを当てた内容ですので、安倍さんを通常呼び捨てで呼ばれている方はお読みにならないほうがいいかと思います。そういう方々の傾向として「放っておけない」性格であるのは十分承知しておりますが。。。

まずエリザベス女王についてです。私はそれほど興味を持っていた方ではないのですが、国葬の様子を見るとやはり歴史を重ねた国の威厳というものが随所に感じられました。やはりホームズを生んだユニオンジャックには惹かれる!

私が訪れたことのある国は社員旅行でグアム・シンガポール・インドネシア、プライベートで台湾のみです。海外旅行にはどちらかと言えば積極的に行きたいかな?とは思いますがアメリカには全く興味がありません。その逆ヨーロッパ各国には、余裕が出来ればいつかのんびりと旅してみたいと思います。

スイス・オランダ・ベルギー・フランス・イタリア。。。地続きながらそれぞれに際立った文化があり、個性があります。そしてイギリス、、、映画や音楽、人々の言動を見る度に「アメリカなんぞ鼻糞程度にしか思っとらんわ!」というプライドが随所に感じられます。特にアメリカとイギリスの俳優を比較すれば一目瞭然で雰囲気が違う!イギリスの持つ陰と陽の雰囲気はなんとも言えない魅力があります。

さて、安倍さん(以降はこう呼ばせていただきます)の国葬についてです。

まず私が安倍さんをどう思っているかのスタンスを明確にしておきますと、優れた政治家であり、これまでの日本の政治家には類まれなリーダーシップのある人だったと思っています。安倍さんに関するブログの回もあります。でも別に「信者」でもないし、安倍さんの実績を100%評価しているわけではないです。がっかりした点は多々あります

では何が良く何が悪かったのか?私個人の意見を述べさせていただきますが、良かった点は沢山あるので簡単にまとめますと、まず経済の活性化・アベノミクスですね。主な内容は「高校・大学の就職内定率過去最高」「中小企業の倒産は民主党政権から移動直後28年ぶりの低水準」「正社員有効求人率史上初の1倍超え」「家計の可処分所得4年連続増加」「国民総所得が過去最高」等が挙げられます。

かといって、これで日本の庶民の暮らしが楽になったとは全く思っていないのですが、民主党政権末期日本の経済がボロボロになっていたのは明らかでしたし、「アベノミクス」で求人が増え若者の働き口が急増した事が実感できたのは、彼らの世代は安倍さんに対するアレルギーが少ない理由の一つではないかと思います。

その他、集団的自衛権行使の容認対中国を念頭にインド太平洋地域との連携を強化内閣府に権力を集中させ官僚主導から政治主導への改革等多々あります。それが理想的な形で稼働しているかというとそうでもないい部分は沢山ありますが、それでも「どう叩かれようが、とにかく動いて実行する」というリーダーシップは素晴らしいものだったと思います。

それでは逆に何が悪かったのか?正直失望したのが「憲法改正」「拉致被害者奪還」が大きく前進できず、その後への道も引かれているとはいいがたいからです。2度目の総理就任の際の大目標はこれでしたし、私も「安倍さんならやってくれる」と期待した!これは大きな失点であったと思います。当時安倍さんに投票した人は相当数ここに期待したはずですから。。。

正味の話、安倍さんサイド・本人側を追い詰める、言われて耳が痛いと思うのはこの点だと思うのですよ。掲げた大目標を実現できなかったから。しかし”アベガー”の方々はなぜかここを突かない。「モリカケがー」「奥さんがー」「かかった税金がー」と自分がどれだけ正確な情報を理解しているかは2の次にして「自分は絶対に正義の側にある」という事を疑いもせず、ひたすら悪魔のレッテル貼りをして容赦なく追い詰めることが目標になっている。これが今の日本人なのです! 

本当に、いわゆる”アベガー”と称される人々の狼藉は目に余ります。死者を墓から引きずり出して晒し物にするような真似は日本人としてあり得ない感覚です。つい2年前まえまで総理大臣を務められた人がテロリストの凶弾によって命を奪われたのです。きわめて卑劣な暴力行為であり、ましてやその犯人に思いを寄せるなんぞとても容認できるものではありません。

本来なら「何がどうあっても暴力、更にはテロは絶対に認めない」という世論が巻き上がってしかるべきですが、そんな気配が全く感じられないのに唖然とします。「戦争反対」を叫ぶのなら相当なNGの案件だと思いますが。。。

「公共の電波で暴力を容認しているとしか思えない報道がされている」これが私がこの事を放っておくことをせず。ブログに書こうと思った気持ちです。力及ばずとも正直な気持ちを言わないと自分の正義感が治まらない。他からどう批判を受けたっていいんです。

相応の理由があれば暴力もやむなし」というのでしょうか?それこそが60年代学生運動的思考であり、そんな人たちに「世界平和」など語る資格はない。それは北の国の発想であり、「戦争反対を謳いつつ条件付きで戦争に賛成しかねない連中」としか見ていません。「国葬反対デモ」に関わる方々は大半が60~70代の高齢者にしか見えませんが「あんたら一体どんな教育、しつけを受けてきたんだ?」と問いたくなります。

承認欲求だけは強い高齢者が、SNSという宝物を見つけ、#をつけて恥も外聞もなく普段は知人には見せられないような言葉を世間に投げかけている姿は哀れさしか感じられません。彼らはテレビ・新聞でしか情報を得ることが出来なかったから、ネットでの情報も精査できないのだと思います。子供の頃からネットに慣れ親しんでいる若者の方が、情報を精査できる癖がついている。その結果が国葬に高齢者ほど賛成し、若者は賛成の方が多いという結論になっていると思います。(この”世論調査”といのも曲者ですが。。。)

もちろん、人にはそれぞれの考えがある訳ですから、それを正そうなんてのは共産主義の発想です。安倍さんがきらいな人を私は批判しようとは思いませんし、「安倍政治はひどかった」という論理的な意見があればそれはしっかり受け止めますよ。特に私は好きな対象物に悪い点があったとして、それを無理していいとは受け入れませんから。無理してそれやると心が病むのですよ。

ジュリーの歌でも受け入れられない曲があります。でもそれを声高に「これはひどい曲だ!」その曲が好きな人の所に行ってまで叫びません。逆に無理してファンに向かって「これも素晴らしい」とは言わない。ジャイアント馬場の悪い点も少しは、、、、いや相当あるのですがw、それでも私はかつての全日本ファンから離れることはありません。

嫌いなものは嫌い」と心の中にきっちりとセットする事。対外的にその話をする際は世間体を気にして無理して逆の事を言わない。それをやると、その反動として別のものに怒りをぶつけたくなるものなのです。「なんでこんなことで怒るの?」と聞きたくなるくらい異常なテンションで怒っている人は、何か別の深い怒りがあり、自分ではそれに立ち向かえないから代替えとしてきっかけを待って、その瞬間爆発させているだけです。単純に言えば「八つ当たり」です。

安倍さんの国葬だって「いやなら放っておけばいいではないか」と思うのですよ。都心在住の人は交通規制で迷惑をこうむるかもしれませんが。それも数日の話。テレビを消して普通に生活していればいいんですよ。彼らが一番言いたいのは「アベが良く言われることが我慢できない」これだと思います。

しかしまあ、なぜ自分直接関係ある出来事でもないのに「放っておく」という発想が出来ないのか?私が心のよりどころにしている作家の加藤諦三さんはよくこのようにおっしゃっています。

「能動的な人は(物事や事態を)放っておけます、受け身の人は放っておけません」

いくら腹が立つことがあっても(それもまた他の怒りの代替行為であることが多いのですが)、それが自分自身でコントロールできないものであれば、放っておくことが最も健全である。放っておけないと心理学的に言う「転移」という行為に走り傍から見れば理解しがたい行動をとる訳です。

今度の安倍さんの国葬。当たり前の話ですが、見に行きたい人はいけばいいし、テレビでみたければ見れば良い、見たくない人は見なけりゃいい。安倍さんは国民の選挙で選ばれた自民党の元総裁であり、今の総理は岸田さんです。なんでそう放っておけず固執するのか?何故赤の他人をも巻き込もうとするのか?

10~15年くらいすると分かる時が来るのではないかと思います。

「あゝ、あの人たちがいたから日本は住みにくい国だったのだ」と

まあ、くれぐれも私の個人的意見なので放っておいてくださいね。それでは、また。

#安倍晋三

#国葬

#加藤諦三

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。