完全寛解という言葉の重み

こんにちは、みやけです。

突然振り返りますが、このブログを初めて2年近くが経過しました。全身のyahooブログを加えると2年ちょっとですね。基本的に週1〜2回の頻度で更新しています。普通に勤め人として仕事しながらですので、我ながらよく投げ出さずに続けているものだと思います。

私が懲りずにブログを継続している理由、、、何度か書いてきましたが、承認欲求の解消が大きな目的です。私は自分大好き人間なので自分の事、気持ちを世間に伝えるという行為が何より快感でありストレス解消の行為なのです。

そりゃあ、当初はブログを書きつつアフリエイトなるものを散りばめて副収入も確保して一石二鳥、、、なんて事を夢見ていた時期もありました。今でもその夢は諦めた訳ではないのですがw、もっぱら最近はマニアックなテーマをもはや開き直って書いている訳です。

まあ、沢田研二さんの曲紹介ならまだしも、3回前に書きました「石川敬士は何故世界最強タッグに出場出来なかったか?」という回なんぞ、昭和プロレスファンからでさえも「地味だから」の5文字で終了になりそうなテーマなのですが、ウンチクをどうしても語りたい私はウケないと分かっていても書いてしまう訳です。(でも一部では結構面白がられましたよ!)

でもブログを長く書いていると色々と勉強になることもあるわけです。特に特定の人に対する批判・悪口ですね。私の中にも「悪口を言いたい」というか「人を批判したい」という気持ちはそれなりにあるわけで、このブログの中にもどう見ても丸々1章特定人物の悪口に費やしているとしか思えない章もあるわけです。

特にとある章については、特定個人を攻撃する、というよりは私の仲間に対してのメッセージ(あっちの側と思っているかもしれませんがこっちの側ですよという立場の表明)の面が強かったのですが、結果的に嫌な気持ちしか残らなかったですね。

また、一時的にアクセスは上がってもやはりこの手の闘病ブログは強い言葉を使うと見る側も嫌な気持ちになることが多いと思います。ただでさえ病んでいるわけですから。。。。と、長々理屈を書いてきましたが、何が言いたいかというと今から書く文が個人への悪口と取られるでしょうから、その言い訳を先にクドクド述べている訳です。

悪性リンパ腫という病に侵されながらも骨髄移植を経て今年社会復帰されておられるフジテレビ元アナウンサーの笠井信輔さんの報道に関する件です。氏の術後の経過は大変順調なようで、それはそれで喜ばしいことなのですが、一連の報道の表現について首を傾げたくなることが多いのです。

氏の発言において頻繁に出てくるこの「完全寛解」という言葉。。。。。その前後の発言においてもこの「完全寛解」というのはどういう状態を指す言葉であるのか?という点について明記されていないと思います。多分病気が身近でない一般の人においては「完治=後は元気になるだけ」という認識なのではないかと思います。

では完全寛解とはどういう状況であるのか?国立がん研究センターが提供しているガン情報サービス用語集から引用しますと「全ての病変(ガン)が消失し、新たながんが出現していない状態が続いていること。」とされています。普通に捉えれば「完治ということだろう」となる訳ですが、

しかし自治医科大学附属さいたま医療センターの資料を引用しますと「完全寛解の状態でも体の中には腫瘍細胞がまだまだ多く残っておりそのまま放置すると再発してしまうので化学療法を行い、完全寛解状態が5年続けば再発は稀だとい割れている」とあります。私も大方この認識なのです。

ただし、聴く側からすればなんとも微妙な表現ですよね。「体力さえ回復すれば後は常人とは同じ」とはならず、定期検診と免疫力の低下を気にした生活が不可欠な訳ですし、「完全寛解」という一件勘違いしそうなワードは医師側も積極的に使用しない印象があります。

私だって寛解状態を1年以上キープしておりますが、笠井氏のニュースを聞いて「私は完全寛解ではないのですか?」と聞いたら「ハハハ」と笑っていました??その言葉を使ってしまうと勘違いする患者がいるので控えているのかな?と感じました。

私が何が言いたいかというと、葛西氏が「ガンにかかった→骨髄移植した→すごく苦しんだ→完全寛解!=完治!→ガンを克服した根性のアナウンサー」というキャラ、という図式で印象付けようとしている感があって凄く鼻につくのです。

私は笠井氏が無事職場復帰して、元気に活躍しようとしていることに対して足を引っ張るつもりはありません。しかし「完全寛解」という言葉を乱発することで、ただでさえ治療の部分部分で様々な体調不良に襲われている同じ手術を受けた血液疾患の仲間の信条に寄り添えているのか?それが一番違和感を感じるところなのです。

もっと言うと、氏は病状発症直後から様々な形で自身の思いを発信していましたが、それは何か「つくられたもの」というか、具体的に言えばマスコミ関係書と、メディア媒体の向こう側の人=視聴者宛に発せられた“分かり易い”言葉であり。同じ血液疾患の患者の心には伝わってこないな、つくづく感じていました。

ですので私個人の印象では、氏は「仲間ではないな」と思っていました。まあ、それは個人的な好き嫌いの問題に終わってしまうのですが、「血液疾患は半年ちょっと苦しい思いをすれば元に戻るものだ」というイメージがついてしまうのはそれは嫌だなと思う訳です。

氏は生粋のテレビマン故、「より分かり易い」説明の手法が身にしみており、彼自身色々辛い状況があってもその決まりの手法に手をつけてしまうのは仕方がないのかもしれません。しかし血液疾患の患者が移植が終わっても様々な体調不良に悩まされている事を広めるチャンスは損なわれてしまったなという残念な思いがあります。

最後に、池江璃花子さんのことです。あ、笠井アナの私の意見については「悪口」と受け取ってもらっても構いませんが、池江さんについては悪口を言おうとしているわけではありません。ご存知かと思われますが、彼女は驚異的な回復力ですでにレースにも参加しております。

それはそれで素晴らしい事ですし、移植を終えた患者の希望の星となるものですが、その反面「無理をしなければいいなあ」とつくづく思います。

私は池江さんの事はこのブログで何度も取り上げています。その中ではストレートには書いていないのですが、私が分析するに彼女は「自分に自信を持てておらず、水泳で成果を上げないと価値がない人間である」と思ってしまっているのではないかと思うのです。ですので、その頑張りは人のために頑張っている、いや、頑張らざるを得ないのではないかと。。。。

まだ移植から1年強で他者と一緒にプールに入るという事は相当にリスクがあると思いますし、ましてやコロナ禍の元。。。。演技でもない事を言うなと重わrwルカもしれませんが、今後必ずしも順調に事が進むとは限りません。

それは当たり前のことだと思うのですが、その際掌を返すようなマスコミの報道がなければいいなと思います。

今日はこんなところです。

それでは、また。

#笠井信輔

#池江璃花子

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