抗がん治療と遺産分割協議(2)

こんにちは。CMBOです。

早速全開の続きです。身内からの骨髄提供の可能性が断たれた私は
早速骨髄バンクに登録しドナーさんからの提供を待つことにしました。
その時点では、私のは血球の型に合致するドナーさんは10数人
いらっしゃったので、どなたかから年明けくらいには骨髄を提供頂ける
ものだと見込んでいました。その時はね。。。

しかし、骨髄移植及びその後の治療の情報を入手する度に私には
また別の感情が湧き上がっって来ました。一昨年の秋頃の話です。
ひとつは、私に何かあった場合の私の妻のことです。
もちろん、私はこの時点では「絶対に治す!こんな病気で死んで
たまるか!」という気持ちは既に固まっていましたが、それでも
何かあった時の事前準備はしておくべきだと考えました。

MDSにおいての骨髄移植の結果、3〜5年後の中央生存値は50%前後ですし、
お医者さんのお話を聞く限り、移植後深刻な副作用が出るのは運次第
であるとしか感じられなかったから、やはり終活的な事は必要と
思いました。特に大きな問題はお金です。

更には治療費の問題です。当時ビダーザ治療を行っており、高額療養費制度
を使っても他の通院も含めて毎月6万前後の治療費がかかっていました。
更には、骨髄移植が無事終わったとしても、大量の抗生物質を長期間服用
することになるだろうとのことで、やはり月5万程度の薬代はかかるだろう
との事でした。

これは正直想定外でした。薬代というのがそんなに高く、ジェネリック薬が
存在しない抗がん剤がたくさんあるからだそうです。
私は中小企業の中間管理職、家族は妻だけなので贅沢をしなければ毎月数万円
ずつ貯金しながら細やかに生活していけていたのですが、月5万以上の
薬代はかなりの負担です。

なおかつ、私の会社での役職も、状況的にどんどん下がるであろう事は
容易に想像できました。そしてそれは現実のものとなり、この2年間で
2段階役職が下がりました。それはそうだと思います。ドナーさんが見つかるまで
勤務は続けるのですが、会社から見れば「いつ休職になるか分からず、
更にはその期間が1年近くになる可能性もあり、復帰後も完全に元の体に
戻っているかは確約できない社員」なのですから。

加えて私は健康面を考えて、不衛生な状況での作業は回避できないか上司に
依頼しておりましたし、産業医との面談でも残業は禁止との指示が出て
いましたので、むしろそのまま雇用を続けて頂いた会社には感謝しかないのです。

このような状況から「お金の確保」についてやれる事はやっておこうと
心に決めました。一番の目的は保留にしておいた父の遺産分割です。

イメージ的にはそのままの状況で暮らしている母からお金をもぎ取る様な
状況であり、少しは罪悪感もありましたが、元々「いつか個々の状況が
変わったら再度話し合おう」と確認していたものですし、分割した私の
分は自身のがん治療に充てるものでしたから天国の父も気分を害する事は
無いだろうと思いました。

また、そのモチベーションとして弟から血液検査を断れたのもありましたし、
相変わらず、「病気になった私が可愛そう、可愛そう」と言いながら、
本当は自分の事しか見ておらず、私の状況を詳しく知ろうとしない
超自己愛の母への怒りもありました。私の状況について、母の年齢でも
分かるように何枚もword文書を作成しましたが、どこまで理解しようと
しているのか。。。。

どうも母は私の病気について、ジェラシーを感じていたようなのです。
自分の方がもっと体調が悪いのに、息子ばかり注目されて悔しい、
という。。。。。

母性の強いお母様方には信じ難いかも知れませんが、私の家だけでなく
子供が周りからチヤホヤされた場合、ジェラシーを抱く親は珍しい
わけでは無いのです。
私は別にチヤホヤされた訳ではありませんが。。。。

ということで、私は遺産分割協議の実現に手をつける事にしました。
流れ的には、弁護士か司法書士の方にアドバイスをもらい、
私の希望に沿った協議書を作成、細部は当事者同士で話を詰めていく
のです。

正直憂鬱な作業でした。
病気が判明した時と同様、「どうして俺がこんな事をしなければならないのか?」
という憤りはありました。
でもこれを完了させておけば、年明けに安心して移植の為に入院する
事ができる、と考え取り組む事になりました。

今日はこんなところです。
それでは、また。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。