沢田研二 作詞 名作セレクション その6 〜いい風よ吹け〜

こんにちは、みやけです。

今回は定期的にUPしております沢田研二さん自身が作詞したのジュリーの名曲シリーズの6回目です。ちなみにアイキャッチ画像はアルバム「ストリッパー」にオマケとして付いていたポスター。私の数少ないジュリーのお宝です。ロックテイスト満載のカッコいいショットですね!

さて、今回紹介しますのは1999年に発表された「いい風よ吹け」という曲です。作曲は樋口了一さんです。樋口さんはSMAPやTOKIOの作曲も行っている方です。この曲は同年に発売されたアルバムの題名にもなっています。

一般的印象は低い曲かもしれませんが、ジュリーの還暦記念コンサートの東京・大阪ドーム公演のセットリストでは最終曲の前に歌われました。ラストの曲はジュリーお気に入りの「愛まで待てない」でしたが、その前がこの曲だとは意外に思いましたが、やはり愛着が大変ある曲なんだろうと思い直したものです。

それでは歌詞を紹介します。

いい風よ吹け。眠りに誘い。君を汗ばませたらいい風よ吹け。いい風よ吹け。目覚めたときに僕を思い出すようないい風よ吹け。あそこに吹け。

西日に透ける影にどっきり、ハンモックから擦り抜けて来る。後何回抱きしめたら君は壊れてしまう、僕も溶けてゆくんだね、この目に記して。赤い血が流れているのは悲しいのではなくて愛おしいと思える。そっといい風よ吹け。

いい風が吹く。夕闇に吹く。君が慰めるようないい風が吹く。いい風が吹く。夜露に濡れし君を暖められるようないい風が吹く。ここにも吹く。

月の光に乳房くっきり、キャミソールから背伸びしている。後何回夏を越えて僕は楽になれるか?君と溶けてゆくんだね、記憶に焼付け。青い空飛んでゆく鳥がうらやましくは無くて、辛いだろうと思う。そっといい風よ吹け。

二人過ごした密度はラブリー。無駄な事など何も無かった。後何回抱きしめたら君は壊れてしまう、僕も溶けてゆくんだね、記憶に焼付け。

青い空飛んでゆく鳥がうらやましくは無くて、愛おしいと思える。そっといい風よ吹け

ジュリーの魅力の一つとして優しく優雅な弦楽器のような高音の歌声というのがあると思います。この曲は特にその魅力がよく表現されている曲だと思います。初めからこの高音のイメージでジュリーが作詞されたのか?それとも樋口氏が考えたのか?気になる所ではあります。

「あとなんかい〜・・・」とトーンを上げるところは非常に心地いい音色です。私は実はどちらかと言えばジュリーの低音の方が好きなのですが、この曲に関しては、このオルゴールから奏でるような美しい高音が大好きなのです。

そして肝心の歌詞です!大人の歌詞ですよね?切ないようなドキッとするような。。。。いい意味で曖昧な表現が多く想像力を掻き立てられる歌詞だと思います。2人の間にはこれまで何があったのか?どんな状況なのか?今いくつくらいなのか????

そして「いい風よ吹け」というタイトル自体があらゆることに対して、自然に無理をせずにいい方向に向かって欲しい、という意味があるのではないかと思うのですが、50を超えて落ち着きが出て来たジュリーによく似合うとってもいいワードだと思います。この時期の曲は名曲が多いのですよ!

そしてもひとつオマケ!これもまたジュリーの作詞ではないのですが、いつか紹介したかった曲!1990年にリリースされた「単純な永遠」というアルバムに収められた「この僕が消える時

近頃考える、住みづらい世の中だ。この星の上には問題が山済みだ。どんなに愛しても、この僕が消えるとき。幸せ感じても、この僕が消えるとき。

TOKIOシティも住みづらい世の中だ。注目されなきゃパラシュートも開かない。どんなに夢見ても、この僕が消えるとき。輝こうとしても、この僕が消えるとき。

テレビジョンスターも住みづらい世の中だ。ニュースに押されてバラエティは打ち切りだ。どんなに綺麗でも、この星が消えるとき。チヤホヤされても、この星が消えるとき。

全て幻覚、全て錯覚。。。。

君にも分かるはず、住みづらい世の中だ。この星の上には問題が山積みだ。支配者さえも、この星が消えるとき。不幸なやつでも、この星が消えるとき。

ジェームス・ディーンも住みづらい世の中だ。歯止めの利かない356、エデンには帰れない。カッコいい生き方も、この星が消えるとき。無様な生き方も、この星が消えるとき。

ロックンロールスターも住みづらい世の中だ。平和を歌うよお目当ては分かってる。どれだけ伝えてもこの星が消えるとき。これだけ叫んでもこの星が消えるとき。

全て錯覚、全て幻覚。。。。

近頃考える、住みづらい世の中だ。この僕の上には問題が山積みだ。どんなに愛してもこの僕が消えるとき。幸せ感じてもこの僕が消えるとき。

この曲の作曲は佐藤大さん、作曲は吉田光さんです。佐藤さんという方はあまり私は存じていないのですが、作曲オンリーの方ではなく、色々と芸能プロデユース関係でお仕事をされている方で、TOKIOの糸井重里さんのような存在の方にも思えます。

詞をよく読んでみればすぐピンとくると思うのですが、これはジュリーの自虐ソングではないですか!時代背景としては、5年近い人気の低迷期が続いており、前作「彼は眠れない」で起死回生を目論み、それまでCO-COLOで続けて来たAOR系ソングから全盛期を思わせる派手派手路線に回帰、忌野清志郎や徳永英明といった当時の人気ミュージシャンも参加し、非常にクオリティの高いアルバムが完成したのですが、セールスは思うように伸びず、「ジュリーは落胆のあまりヤケクソでこんな歌を唄いだしたのか!」当時思ったものでした。

「パラシュート」というワードまで飛び出し歌詞がストレートすぎるのです。上で紹介した「いい風よ吹け」と真逆の歌ですよね?この「単純な永遠」も非常に出来が良いアルバムであり、ジュリーのお気に入りの歌も多いのですが、何故このような歌を挿入させたのか?本当にこういう事を言いたかったのか?気になるところです。

この後リリースされたジュリーのシングルは「「SPLEEN〜6月の風にゆれて」「太陽のひとりごと」「そのキスが欲しい」といった感じで、クオリティは高いものの、今でもほとんど当時の映像が残っていない、あまり宣伝に力を入れなくなりだした感があります。

ジュリーはこの時期、本心でそう思い、人生の方向転換を図ったのでしょうか?「我が窮状」とか「TO=MO=DA=CHI」とかメッセージソングであっても、かなり比喩的表現をすることが多いジュリーが何故こんな露骨な歌を発表したのか?一度確認したいものです。

今日はこんなところです。それでは、また。

#沢田研二

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