沢田研二さん糖尿病報道とコロナ問題での高齢者の想い

こんにちは、みやけです。

今回はコロナ問題について色々書いてみたい
と思います。
数日前、ネットニュースに以下の記事が掲載されておりました。

文章の大半は現在収録中である映画「キネマの神様」へ沢田研二さんの挑むかける想いについて書いたものですが、その中で沢田さんが現在糖尿病の治療中であることが記されていました。
ただしそれは関係者の証言と言うことであり、本人・事務所はその件についてコメントを出していません。
続報もありませんので、正直審議のほどは微妙なのです。

まあ、これが事実であっても本人の口からその事を語る日が来る事はないような気がします。
ジュリーの性格からして。。。。

私自身その件については初耳でした。
ただし、私自身が30歳頃にやはり糖尿病を発症し、治療を続けており、一生付き合っていく病だと自覚しております。
ジュリーも同じ病気に罹ったのか。。。。と感慨深い気持ちです。

ファンの反応は、、、、私が見聞きする限り様々だとは思うのですが
「それが本当であってもなぜジュリーのイメージにマイナスになるような事を報道するの?」
「心の支えにしている憧れの芸能人が病気に罹っているなんて聞きたくなかった」
と言う内容の声が私にとってはすごく目についたのです。

異性のファンの立場からしたらその気持ちはわからなくもないのですが、私はかなり違う想いがあるのですね、例によって。。。。

 

 

少し話は飛んでしまうのですが、今回のコロナ問題は高齢者にとってはかなり追い詰められた心境になっている方が多いのでは?と感じさせられる出来事が私の周辺では頻発しているのです。

まず一つ目ですが、私は10数年前、親戚間の金銭トラブルに首を突っ込んで説教じみた事をしてしまったことがありました。
私自身は全く関係ない話だったのですが、親戚のAさん(男性)が事業で作ってしまった借金に対して、同じく親戚のBさん(女性)が保証人になってしまっていた為、Aさんが自己破産した後その返済をBさんが負債の支払いを行なっていたのです。

 

Bさんの家は資産家という訳でもなんでもなく、普通の家庭であるのですが急にウン千万単位の返済を抱え、困窮状態に陥ってしまいBさん自身も自己破産をしかねない状況になってしまったのですが、「それだけは避けたい」と身を粉にして働き、必死に返済を続けていたのです。
連帯保証人という立場上やむを得ないのではあるのですが。

 

 

その一方、Aさんは自己破産し、生活保護を受ける立場となったのですが、元々ヤマっ気の強い性格のためか仕事もせず日々パチンコ屋に入り浸るという自堕落な毎日を送っていたのです。必死に真面目に返済するBさんを尻目に。
私はBさんとは以前から凄く親しくさせていただいていましたがが、Aさんについてはほとんどその存在を知らず、後年その事情を聞きました。

そしてある事をきっかけに、その事情を詳しく聞くことになり、私は図々しくも、遊んで暮らしているAさんに対して
「苦しい生活を送っているAさんに対してなんとも思わないのか?あなたには成人して働いている子供が3人もいるのだから
その人たちも含めてBさんを少し援助してやれないのか?」と追求する場を持とうと試みたのです。

しかし私はAさんとは面識もなく、連絡先も知らなかったので直接会う機会は持てなかったのですが、
Aさんの奥さんとはその件について会談する場を持つことができました。
しかし奥さんの回答は、「私達夫婦は生活保護で静かに暮らしており、どうすることもできない。そして子供達にはこの件について巻き込みたくない」という回答でした。
奥さんは本当に申し訳なさそうに私に頭を下げました。

私自身も、正義感にかられてとはいえ、そこまで突っ込んだ行動を取ってしまったのはやり過ぎであったと今」では反省しています。
奥さんとは結局それっきりになりました。そして2年前Aさんが亡くなられたという話を聞きました。
その事は私の記憶の中から消え去ろうとしていました。

 

 

しかし先々週、Aさんの奥さんから急に現金書留が届いたのです。ビックリしました。
中には2万円が入っていました。更に手紙が同封されており、
「あの件はずっと申し訳ないと思っていた。そして私の骨髄移植に際にも何もお見舞いができず申し訳なかった。今回少しお金が入ったので、少ないけれどもお納めします」
という内容の文書が書かれていました。

その後いろいろ調べて見たのですが、Aさんの奥さんはBさんにもやはり現金書留を送っていたようなのですね。
あくまで推測なのですが、今回の政府からの10万の給付金を受給したものの
「生活保護を受け普通に生活できている自分がこのようなボーナス的なお金を受け取るわけには行かない」という事でBさんと私にお金を送ったのではないかと思います。

私にしてみれば本当に有難い話です。いや私のお金もBさんに全て送ってもらって全然構わなかったのですが結局有り難く受け取ることにしました。
しかし、今回の給付金はたまたまだったのかも知れませんが、Aさんの奥さんも70を超えた高齢者であり、このコロナ問題ではいろいろと考える事があったのではないかと思います。

全員ではないにしても「コロナはしばらく収まりそうもないし、もう知人とは二度と会えないかも知れない」
「今のうちに心残りになっている事を片付けておこう」という虚無的な気持ちに陥っている高齢者が多いのではないかと思うのです。

 

 

というのもこの件だけではなく、この春から私の周囲、実の母・義父義母・親戚筋の方々から
「もう何十年も会っていない人から急に連絡が入った」
「いろいろ会って疎遠になっている某さんに一言お詫びを言いたいので連絡先を教えてもらえないか?」
という話が相次いでいるのです。

まだ先の長い若いものならともかく、ある程度最期を想定できる高齢者の方々は今回のコロナ問題は
「この問題が解決する前に自分の人生が終わってしまうかも知れない」という切な的な気持ちになるのかなという気がして仕方がないのです。

そしてジュリーです。
聞きたくないファンもおられるかも知れませんが、ジュリーも72歳の高齢者です。
報道が本当であるなら、基礎疾患を持つ病人であり、大勢のスタッフに囲まれて長時間拘束され撮影に参加するのはコロナ問題が収まっていない以上まさに命がけだと思います。
ではなぜこのオファーを受ける気になったのでしょうか?

もちろん志村さんとの心の繋がりが一番大きかったのだと思います。
しかし更に大胆に推測するならば、ジュリーにとってこの方が心理的に楽だったからではないのか?
無意識にそう判断したのではないかと思います。

 

ただし、私は単にジュリーが楽な選択をした、というような安易な結論を言いたいのではありません。
病気を理由に今回のオファーを辞退しても誰からも批判される事はなかったでしょう。
お医者さんも賢明な判断だったと言うはずです。
でも心残りにはなるでしょう。人生の最後の最後で心的負担を背負ってしまうのはとても辛いことではないかと思うのです。

そうであれば、コロナの恐怖・感染症の恐怖に惑わされながらも、オファーを受け志村さんとの関係に区切りをつける事に重きをおいたのではないか?と言う気もするのです。
ジュリーがコンサートでよく歌う曲で「いくつかの場面」と言う歌があります。歌手という人生の中でいろいろと関係者との別れ・諍いが
あったが最後には皆時分の周りに集まってきてくれればどんなにいいか・・・と言う歌です。

 

 

人間は基本的に楽な方な選択をしがちなものです。
でもそれは「安易な行動」と言う意味の「楽」ではなく「心理的に楽」というものであればそれはとても健全であると思うのです。
乱暴な意見かも知れませんが、人生を投げ打ってボランティアに打ち込んだり、人のために時間を潰ている方がいらっしゃいます。
それはその方が「楽」だからではないかと私は思っています。

ジュリーは最後までいい関係のままでいる事ができた志村さん対して、最後に心残りとなるような思いを残す事が無いように
ハードであるにも関わらず心理的に楽な選択をしたのではないか?
私はそう思います。

「キネマの神様」において、ジュリーは舞台挨拶や宣伝活動には参加しないようです。
映像に全てが詰まっているんですね。
公開が本当に楽しみです。

今日はこんなところです。
それでは、また。

#沢田研二
#志村けん
#キネマの神様

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