福岡5歳児餓死事件をプロファイリング

こんにちは、みやけです。

全国的に大きなニュースになっているのかどうかは判らないのですが、昨年発覚し今週容疑者の逮捕に至った、いわゆる”福岡5歳児餓死事件”について、私の地元福岡県内では今一番のミステリアスな事件として大きな話題となっています。

亡くなられた何の罪もないお子様については本当に気の毒でなりません。しかし、定期的に発生するこのような強力な支配者と片やいい大人なのに全て心を委ねてしまうこの関係性。それぞれがどのような人格であるからこうなってしまうのか?勝手にプロファイリングしてみたいと思います。

事件を掻い摘んで説明しますと、今回逮捕されたI容疑者の息子Sちゃん(5歳)が昨年自宅で餓死状態で発見された件について、碇容疑者がママ友のA容疑者の指示により食事をほとんど与えなかったためだとされています。

A容疑者(この人にも旦那も子供もいる)は碇容疑者の心を完全に支配し、「旦那が浮気している」とそそのかして離婚させ、碇容疑者が受給していた生活保護費等の財産を「旦那との裁判費用の為お金を貯める必要がある」として丸ごと搾取していた模様です。

この容疑に対してA容疑者は「一切そんなことはしていない」として完全否認している模様です。

あくまで心理学的に見た推測ですが、両容疑者はどんな性格であるのか!まずはコントロールした側のA容疑者。

① 支配欲が相当に強い

② 共感力が極端に低く、自身の心の中には他人がいない→他人の気持ちがわからない

③ 「自分にも非がある」という発想が出来ない。全て自分のやることは正しいと思っている

なぜ共感力が低くなるかというと、幼少期に親からそのような教えを育まれていないからです。具体的に述べると、子供と2人で公園を散歩していたとします。道端に咲く綺麗な花を子供が見つけ、子供が「この話綺麗だね〜」と叫んだ際、一緒に歩いている親が「そうだね綺麗だね!」と共感してあげることが、子供の人格形成上非常に重要なのです。

このような経験を積む事によって人間は「他人も自分と同じ気持ちを持っているんだ!」と気づき、他人が辛い状況にあっている際は一緒に悲しんであげられる気持ちを持つことができるのです。しかしその際「そんなところで立ち止まっていないで早く来なさい!」とやってしまうと子供の共感力は削がれてしまいます。その結果相手の気持ちがわからない人間になってしまうのです。

それ故、自分がいい思いをすることが至上の価値観となり、相手を傷つけても心が痛みません。それどころか主体性のない人間については「自分に利益をもたらす格好の存在」と考えるようになり、搾取を重ねます。相手が幾ら不幸な目にあっても心が痛みません。その能力が無いのですから。

ですのでこのA容疑者、罪を認めて被害者(Sちゃん)に謝罪することはないでしょう。いつまでも「自分は正しいことをやった」と本気で心の底から思っています。それはアスリートが「絶対に競争相手に負けたくない」という鋼の心を持っているように、この手の人は揺るぎない決意を持っているのです。ですので、内心良心の呵責に耐えている、なんてことは全くないのです。

そして実の親でもあるI容疑者は

① 依存性が極端に強い

② 心が自立できておらず、自分の本当の気持ちがわからない。自分が何をしたいのかも分からない

なぜそうなるかというと、やはり教育の問題であり、幼少期全てを親が決めてしまい自分で物事を考えることをさせてこないとこのようなケースに陥ります。このような人は支配欲の強い人に対して「頼もしい」と思ってしまい、あり得ないようなことでも自分の意見がないので従ってしまうのです。

このI容疑者も母性がなかった訳では無いとは思いますが、それを上回る依存性の強さでA容疑者のいうがままになってしまったのです。この事件について洗脳という表現を使うマスコミもありますが洗脳とはちょっと違います。『洗脳」とは元々中国語であり、軍が捕虜を自国のプロパガンダに染めるために行う心のコントロールです。

罪もない幼い子供を死に追いやった2人の行動は許すべきではありません。しかし両人ともその事実には気づいていそうもありません。特にA容疑者はおそらく気づくのは無理ではないかと思います。ただしかし、覚えておいていただきたいのは、この2人の性格のような人は世の中にたくさんいると言うこと。特にA容疑者タイプはI容疑者のような”獲物”については天性の嗅覚で見つけるものなのです。

推測と言われればそれまでです。しかし、おそらく間違いはなかろうと私は確信しています。揺るぎない決意を持って本気で心の底から思っています。

今日はこんなところです。それでは、また。

#福岡5歳児餓死事件

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