私が唯一涙する歌は→ 中島みゆきさんの「ファイト!」

こんにちは、みやけです。

今日は「聴くといつも泣いてしまう歌」というテーマです。『水曜日のダウンタウン』でも同じようなテーマで企画していましたが、みなさんは「この曲を聴くと必ず涙してしまう」という曲はありますか?

私はこのブログでは長年のファンであるジュリー→沢田研二さんのことばかり書いていますが、どちらかといえば彼の持つ世界に浸ることが快感であり。実体験でそれほど物凄い大恋愛の経験の無い私にとっては(というか、そういう人が大半だとは思いますが)、曲の内容に共感して涙してしまうというジュリーの曲はそんなにあるわけではないのです。

それでも、「無事でありますよう」であるとか「プロフィール」を聴くといつもグッときますし、ウルフルズの「ええねん」、エレファントカシマシの「俺たちの明日」、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」 SMAPの「世界に一つだけの花」、浜ちゃんの「wow wow tonight」等は何度聴いても胸が熱くなります。しかし、「聴くと涙が自然に目元を潤してしまう」というのはただ1曲だけです。中島みゆきさんの「ファイト!」なんですよ!

この曲は中島みゆきさんが1983年に発売されたアルバム『予感』に収録された曲です。その後テレビ番組『家なき子』の主題歌『空と君のあいだに』のカップリング曲としてリリースされました。しかしその極めてシンプルかつインパクトの強い内容ですので、その存在はファンでなくても認知度の高いメジャーな曲でもあるのです。この曲が音楽談義で唐突に話題になることは多々ありますし、先日も松本人志さんが話題にあげるのを聞きました。

私は昭和歌謡曲ファンであり、ジュリー以外にも好きなミュージシャンは沢山いるのですが、実のところ中島みゆきさんはファンという訳ではありません。正直興味は低い方なのです。ですので、中島さんの代表曲の一つと言っていいこの曲を私なんかがクドクド語ってしまうと彼女のファンの方から怒られてしまいそうなのですが、それでも50年を突破した私の人生の中で、いつも涙を誘ってしまうこの曲の凄さはどこにあるのか?一度分析したいと思ったので書かせていただく次第です。

それでは、歌詞を見てみましょう

「あたし中卒やからね仕事をもらわれへんのや」と書いた女の子の手紙の文字はとがりながら震えている。

ガキのくせにと頬を打たれ少年たちの目が年をとる。悔しさを握りしめたこぶしの中爪が突き刺さる。

私本当は目撃したんです、昨日電車の駅階段で、ころがり落ちた子供と突き飛ばした女の薄笑い。

私、驚いてしまって助けもせず叫びもしなかった。ただ怖くて逃げました。私の敵は私です。

ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう。ファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ。

暗い水の中に打たれながら魚たち登っててゆく。光っているのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから。

いっそ水の流れに身を任せ流れ落ちてしまえば楽なのにね。やせこけてそんなにやせこけて魚たちのぼってゆく。

勝つか負けるかそれは分からない、それでもとにかく闘いの出場通知を抱きしめてあいつは海になりました。

ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう。ファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ。

薄情もんが田舎の町に後足で砂ばかけるって言われてさ。出てくならお前の身内も住めんようにしちゃるって言われてさ。

うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符。あんたに送るけん持っとってよ。滲んだ文字東京行き。

ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう。ファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ。

あたし男だったよかったわ、力ずくで男の思うままにならずに済んだかもしれないだけ、あたし男に生まれればよかったわ。

ああ、小魚たちの群れキラキラと海の中国境を越えて行く。諦めという名の鎖を身をよじってほどいて行く。

ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう。ファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ。ファイト!

私がどこの部分で涙してしまうのか?これは完全に決まっていて「闘う君の唄を闘わない奴らが笑うだろう」の部分です。これはこの歌に共感する多くの男性がそうなのではないでしょうか?特に私のような根が生真面目で(笑)不器用で、人間関係においてうまく立ち回ることが苦手な人間にとっては、いつも“うまく立ち回るやつ”に美味しいところを持っていかれがちなのです。

そして、何をやっても時間がかかり、不細工な結果しか残せない自分に対して、いつも“うまく立ち回るやつ=闘わない奴”から小馬鹿にされたり、踏み台にされたりして悔しい思いをしているのです。でもそれを口にしてしまうのはあまりに情けない!それをこの歌が代弁してくれた事ですごくインパクトが残り、心の琴線に触れているんだと思います。

しかし今回、改めてこの歌詞を見直してみるとこの唄の”仕掛け”という完成度はそんな単純なものではないのだな、という事に気がつきました。この唄のサビ以外の語りの部分は完全に女性視点の想いが描かれているのです。それも昭和以前の女性で普遍的にあった「引込み思案で中々自己主張が出来ず、周囲の意向に流されてしまう」女性。その様な女性が「あたし男に生まれればよかったわ」と自虐的に嘆くのが何とも切ない“語り”の部分な訳です。

しかし突如と「闘おう!」という完全な男性の持つ最も本能的な部分の呼びかけが行われるのです。男性としてこの唄を聞いてるのであるなら、「この歌は女性の心情を語っているものだな」となるべく女性の気持ちに寄り添おうと聞いている訳ですが、急に「闘おう!」という究極の男性ワードが喉元に突きつけられるのですから、そのインパクトは相当なものだと思うのです。

この劇的な女性の世界観から男性の世界観への切り替えが、聴いている人の心に深く刻まれるのではないでしょうか?元々男性は“闘う”事は本能の欲望として心に内蔵されているものですが、平和な現実社会と折り合いをつけるためになるべく隠しているわけです。そのワードをドラマチックに投入してくるのはそこまで中島さんは計算されていたのか?と感心してしまうのです。

男性がなんだかんだ言って結構プロレスが好きな理由もその”現実との折り合い”という部分かもしれませんし、鬼滅の刃の煉獄杏寿郎さんの名ゼリフ「心を燃やせ!」がなぜこんなに人々のハートに刻まれるかもそれが理由なのではないかと思います。

今回私が描きたかったのはこんな内容です。しかしもうひとつ、ちょっと面白いことを発見したのですよ。

この歌詞の中にある「薄情もんが田舎の町に後足で砂ばかけるって言われてさ。出てくならお前の身内も住めんようにしちゃるって言われてさ。うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符。あんたに送るけん持っとってよ」とあるのですが、この言い方って完全に博多弁なのですよ。中島みゆきさんは北海道出身であり、この唄は後年「自身が若い頃感じた事がベースになっている」と語っておられる様ですので、なおのこと違和感があります。

沢田研二さんの曲「灰とダイヤモンド」の様に歌詞の内容があまりに自分の心情とリアルなため設定を少しアレンジした、という事なのでしょうか?しかしなぜ博多弁?と思うのです。でも鮭が川を登るって北海道独特の話では?とも思います。でもいろいろ調べてみると面白い発見がありました。

実は福岡県に遠賀川という川があるのですが、この川は日本でサケの遡上が発生する南限の川なのです。私も初めて知ったのですが、福岡にサケが登る川があったとは!そして下の様に、福岡県嘉麻市には鮭神社というサケを祀っている川があるのです。もしかして中島さんがこのエピソードをどこかで聞き、少し自分と距離をおく歌詞にするため博多弁を入れ込み、福岡をイメージする様になった、、、、そんな事も思って見ました。

https://horubai.jp/content/nnp_news/62

何れにしても、聴くたびに心を揺さぶられる名曲に出会えたのは幸せな事だと思います。中島みゆきさんはまだまだ現役で活動されておられるとのこと。まだまだ頑張られていただきたいものです。

それでは、また。

#中島みゆき

#中島みゆきファイト!

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