私は人身事故を起こして免許取り消しになったことがあります。

こんにちは、みやけです。

最近の芸能ニュースでは元TOKIO山口達也さんが、酒気帯び運転で逮捕された事が大きな話題になっていますね。といっても私は氏の事はあまり知識は無く、ましてやここで糾弾しようという訳ではありません。

実は私も車で人身事故を起こして免許取り消しになった経験が過去にあり、非常に苦しみ抜いた覚えがありますのでその事を書いてみようと思った次第です。

時は1997年1月5日日曜日、年末休み最後の日に私はプロレス観戦の為(またかよ!w)会場の博多スターレーンに小雨の中単身車で向かっておりました。現在は衆議院議員として活躍されている馳浩さんが全日本プロレスに初登場する興行だったので是非とも見にいかねばならなかったのです。

スターレーンまでもう少し、筑紫通りという2車線の道路を17時頃走っていました。帰省ラッシュの真っ只中でしたので、スピードは全く出していませんでした。30キロも出ていなかったと思います。しかしやや出発が遅れた為、道路が空くと少しスピードを加速しすぎていました。

暫くして小さな交差点の信号が赤になっており、その前に2台車が止まっていたので私もブレーキを踏みました。しかしブレーキがほとんど効かないのです。普通ならスムーズに止まれる距離だったのですが、雨であった為いわゆる“ハイドロプレーニング現象”が起き、ブレーキの効き目が極端に低下したようなのです。

私は半ばパニックになり、ブレーキを踏み続けましたが、抵抗虚しく私の車はまず後ろのセダンに追突。更にはその勢いでセダンがその前の軽自動車に追突しました。悪夢のような玉突き事故です。私は頭が真っ白になりながらも車を降りそれぞれのドライバーに駆け寄りました。セダンには60歳くらいの老夫婦、軽には30くらいの若い夫婦が載っており、軽の方は女性がドライバーでした。

不幸中の幸か、4人共大きなダメージはないようであり、車もバンパーが凹む程度の破損で収まりました。私は博多駅近くの交差点という事もあり、多くのドライバーから好奇の目で見られながら、警察と保険会社に連絡して対処を行いました。一通りの手続きを終え、その日は20時頃現場を後にしました。

しかし、保証の件で揉めることになったのです。揉めると言っても加害者は私なのですから全面降伏するしか無いのですが。。。。2組とも特に痛みはないが念のため翌日午前中に病院に行くという事でしたので、私は初出勤早々に休みを取り夕方に被害者の職場にお詫びに行きました。私の上司には勿論電話を入れ状況を説明しておりましたが、初日いきなり休んだので同僚は「年末ジャンボでも当たってそのまま退社したのか」と思うものもいたようです。

お詫びに行くとまずセダンの老夫婦は優しく応対してくれました。全部保険屋さんが対応してくれるだろうからあなたは何も気にしなくていい、と逆に労ってくれました。本当にありがたかったです。しかし若夫婦の奥さんの職場に行くとその逆シビアな反応でした。

彼女の職場は車の修理工場であり、このような事故に遭遇した場合の流れには熟知していたのです。そして私がぶつけてしまった彼女の車は新車だったとその時知りました。勿論私は処理については全て保険会社の方に対応してもらうつもりでいました。しかし、ご存知の方も多いと思いますが、新車であろうが、20万キロ走った中古であろうが、保険では修理代しか出ないのですね。

彼女はその事を承知の上で、「いきなり新車にぶつけられたのではたまったものではない。私としては修理ではなく別途車を用意してもらいたい気持ちである」と言いました。私はとりあえず一通り彼女の気持ちを聞いた上で、自分の連絡先を渡してその場を去りました。

その後、対処は保険会社に任せていたのですが、彼女から度々連絡が入るようになりました。内容は「新車を用意して欲しい、もしくは新車購入の代金と修理代の差額をみてほしい」というものでした。更には体調について「最初は異常は無かったが日が経つにつれ首の痛みが酷くなり勤務に影響が出ている」と話しました。

本来、私は全てを保険会社に任せ、自分から被害者に会うような事はしないほうがよかったのですが、やはり加害者という引目がそれを立ちきれず、3、4度電話のやり取りをした上事故から約1ヶ月後、彼女と直接会うことになりました。

某ファミレスで会談をもったのですが、彼女はまず「首の痛みが悪化しどうにもならないので会社を辞め、故郷の大阪に戻ることになった。なので会談はこれが最初で最後」と話しました。そしてあまり具体的な事は言わず「人としての誠意を見せてほしい」と言われました。最後には「私はあなたから人生を滅茶苦茶にされました」と言われてしまいました。

そして彼女は最後に「私の父は大阪の人間だからこの事を知ったらただではおかないでしょうね」とまで言いました。ここまで来るともはや脅迫に範疇に入ってくると思うのですが、弱い立場の私は甘んじて聞くしかありませんでした。今考えれば、、、、大阪だからなんじゃっちゅうねん!

私は罪悪感でもう気が狂いそうだったのですが、なんとか具体的な事は口にせずそこで別れました。その後保険会社の担当者と話をしたのですが、「本来何も動く必要性はないのですが、お客様に気持ちが治らなければ個人的に何万か包むのもいいかもしれません」という事でしたので、彼女に口座番号を聞き、3万を見舞金として振り込みました。

そして彼女とのやり取りは終わりました。後日保険会社の方が調べた結果によると、彼女の横にいた男性はあの時点では婚約者であり、元々まもなく地元の大阪に2人で戻って家庭を持つつもりだったようです。退職も元々その予定だったのでしょう。

なので彼女の説明には幾ばくの嘘があったとは思うのですが、首の痛みはそれなりに真実だったと思いますし、新車に戻してもらいたいという気持ちもそれはそれで分かります。私は彼女に対して今でも「騙された」という気持ちはなく「申し訳なかった」という気持ちで一杯なのです。

さた、今度は私自身の話です。私はその時点で交通違反マイナス4点ののこり2点になっており、免許取り消しが濃厚でした。そして程なく家庭裁判所より出頭命令の書類が届きました。当時私は営業車を使ってにルートセールスが業務でしたので、免許がなくなると死活問題です。

その辺りを考慮した当時の会社の支店長が「会社では真面目に勤務しているので免許取り消しだけは回避してほしい」という懇願書を書いてくれました。その書類を出頭時裁判官に提出したのですが、見てもらえず返却されました。曰く「既に処分は確定しており後は読むだけ、それを見て処分が変わる事はないから」だそうです。言われてみればもっともな話です。

結果私は免許取り消しの処分が下されました。「免許停止」と「免許取り消し」は全く意味合いが違います。停止は講習を受け時期が来れば返却されますが、取り消しは完全にゼロになる訳ですからまた一から免許を取得しなければならないのです。過去の実績は全く反映されません。違反は記録されていますが。。。。

仕事についてはなんとか首は免れ、営業から倉庫勤務に変わりました。そしてその間、行動では一切ハンドルを握らず(勘を鈍らせないために会社の駐車場内でテスト運転はさせてもらっていました。)1年間交通機関で通勤しました。

1年後免許再取得を目論むわけですが、これがまた超難関でしたね。時間的に再び自動車学校に行くことは時間的にも費用的にも難しかったので、いわゆる「一発免許」にチャレンジすることにしました。学校に行かずいきなり学科と実技の試験を受ける方法です。今でもこれはあるようですね。

しかしこれ、学科はともかくとして、実技はただでさえただでさえ試験官の判断基準のハードルが高いのです。更には一度免許取り消しになった人間なんぞはもう論外という感じなのです。後で聞くと免許取り消しの人の合格は早い人でも20回は試験を受けないとダメとか。。。。1回の試験費用は8000円くらいだったと思うのですが、金額的にも時間的にも気の遠くなるような数字です。

更なる情報収集の結果、警察が指定する自動車教習所で指定の実技を受講すれば有利になると聞きました。計20時間くらい受けなければいけないのですが、土日も行けるので迷わずそれを選択しました。

その教習を1ヶ月強かけて終了。その後一発試験に臨み、実に8回目の実技試験で仮免許を取得したのです。その後路上での試験はスムーズに2回目で合格し、期間としては約4ヶ月、費用的には約20万近くかけてようやく新しい免許を取得しました。合宿免許の方がよっぽど効率的でした。。。

その後私自身は安全運転を続け、一時はゴールド免許を保持していた事もありました。講習を受ける際、警察に方に色々話を聞きましたが、同じ点数が足りない状態あっても、スピード違反等大きな違反点数で一発停止の方がまだ印象は良いのだそうです。

私の場合シートベルト未着や一時停止確認不足等事故の段階で4点のマイナスがあり、更には直近2年で30日間の免許停止もあったので、警察的にも「遵法意識が極めて低いドライバー」という認識のようで、懇願などありえなかったようです。

そしてその当時の話では、免許取り消し者への再取得のハードルは高くなる一方である事と言われていました。この手のニュースは注目して見ていますが、その兆候は加速しているようにも思えます。

山口氏の処分がどうなるかは不明ですが、免許についてもそう簡単に再取得はそうとう難しいように思えます。しかしそれは仕方が無いと思います。

私のケースにおいても、事故処理でメンタルはズタズタにされましたが、一歩間違えば複数名の命を奪っていたかもしれないのですから。。。。再取得以降、まともなドライバーに生まれ変わることが出来たと思います。処分は厳しくあるべきです。

それにしても、私は10年周期で人生においての大事件が起きるのですね。

20過ぎの時は大学3年に時点で留年が確定してしまいあわや勘当に。。。。

30前で糖尿病で入院となり、半年もしないうちにこの人身事故。40の時はぎゃくにいいニュースで半ば諦めていた結構及び仕事・金銭的にも良いことがありました。
そして50の時の骨髄移植。。。。さて60ではいいことがあるのか、またまた悪いことがあるのか。。。。まあ、とりあえずそこまで生き抜くことがまず大事ですね。

とにかく車も人生も安全運転で!それでは、また。

#山口達也

#免許取消

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。