西城秀樹・遥かなる恋人へ 福岡でのサプライズ

こんにちは、みやけです。

最近の回は沢田研二さんの曲紹介に力を入れてきましたが、今回は趣向を変えて西城秀樹さんのあるシングル曲に関する話を書いてみたいと思います。と言っても急に秀樹さんにシフトチェンジするわけではありません。ここのところ、このブログを書くモチベーションのひとつに「子供のころ、話す対象がいなくて気持ちを他人と共有できなかった事について改めて書く」ということが非常にあるからです。ぶっちゃけいうと私は友人があまり多いほうではなかったので、興味について話し合える人が少なかったのですよ。

今回の話はその一環で、私が小学生時代、秀樹さんのとある曲について発生した事案を知ってもらい、興味を持った人に私の気持ちを共有してもらいたいのですね。

ただしかし、私は西城秀樹さんについて非常に好意は持っていましたが、物凄いファンというわけでもなくシングルレコードも3~4枚くらいしか買った記憶がなく、ファン面をするつもりはないのです。今回書く内容も私の心に留めおいていた内容が大半なのでもしかすると事実と異なる点があるかも知れないことはご了承ください。ジュリーのことでしたら手元に長く保存しているデータはたくさんありますし、ほとんど事実に基づくことを書いている自信はあるのですが。、。。。

今回スポットを当てる曲は「ヤングマン(YMCA)」でもなく「ブーメランストリート」でも「ギャランドウ」でもなく「遥かなる恋人へ」という曲なのです。この曲は1978年11月25日発売。作詞は竜真知子さん、作曲は馬飼野康二さん、オリコン最高位は8位ザ・ベストテンでは5位までランクを上げました。曲の内容としては故郷に残してきてしまった恋人を冬の景色を見ながら悲しみながら懐かしむというロマンチックな曲であり、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」のアンサーソングという評価もあります。

サビの部分での秀樹さんの高音の歌声の美しさが非常に印象的な曲なのですが、イメージとしては少し地味であり、次に発売された曲がヤングマンであったため埋もれてしまいがちな曲ではあるのです。しかし当時から記録マニア・歌謡曲マニアに私にとっては非常に心に残った曲であるのです。この件には私の地元・福岡で当時毎週日曜放送されていた「RKBベスト歌謡50」というラジオのランキング番組が密接に影響してくるのです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/RKB%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E6%AD%8C%E8%AC%A150

RKBはTBS系列の福岡のローカル局。いわば「ザ・ベストテン」の福岡版と言えば分かりやすいのですが、非常にたいそうな規模の番組でした。毎週日曜12時から17時まで生放送で5時間その週のベスト50を発表するという番組です。途中競馬中継や芸能ニュース等挟むもののほぼすべての時間を曲放送とリクエストはがきの紹介に充てていました。と言っても50曲すべてを流すわけではなく、1~10位までは曲を最初から最後まで流し、はがきも5枚くらい紹介。11位~30位までは曲は1番~2番の途中で終了、はがきも2枚くらいの紹介。30~50位は3~4曲に1回ランダムに1番だけ流しはがきも読まれないといった形式でした。

特に小学生時代は友人も少ない私は貴重な日曜の午後を結構な頻度でこのラジオ番組を聞いていたわけです(笑)ただしこの「ベスト歌謡50」ただのローカル局のランキング番組ではなかったのです。40代以上で福岡出身の方は記憶にも残っている方も多いかと思いますが、RKBの大看板番組でした。ランキングの算出方法もリクエストはがきの枚数だけでなく、県内のレコード売上げ、有線放送のリクエスト頻度、等様々なデータを集計してポイント付けし総合的に点数をつける、というもので、むしろ後発で始まったザ・ベストテンがこの番組を模倣した?と思わせるような凄い番組だったのです。

ですので、いくらローカル番組だからと言って、地元出身の歌手が身内の方からの組織的なリクエストはがきが投函されたとしてもランキングに極端に大きな影響を与えるものではないレベルでした。当時既に大物だった地元歌手の郷ひろみ・海援隊・甲斐バンド・チューリップ等も極端にランキングで優遇されていることはありませんでした。そしてこのランキングの選出基準として「日本人による作詞・作曲作品であるもの」という括りがありました。洋楽およびそのカバー曲は選考外だったのです。そしてこれからようやく「遥かなる恋人へ」の話になります。

ご承知の方も多いかと思いますが。「ヤングマン」は洋楽のカバー曲です。ですのでこの「ベスト歌謡50」にはランクインの資格はありませんでした。そして同様の理由でTBS主催の「日本レコード大賞」にもノミネートされませんでした。この曲は秀樹さんのキャリアハイの曲でもありレコード大賞受賞の最大のチャンスだったと思うのですが、どうにももどかしい理由で対象とならずファンは本当に悔しかっただろうなと当時思いました。

そしてこのベスト歌謡50でもファンは行き場を失ました。最新シングル曲としての役割を終えた「遥かなる恋人へ」のランキングは急降下していきます。レコード売上げはほぼ期待できないのだから当然の結果です。毎週7~8位くらいの速度でランクを落としています。しかし「ヤングマン」が空前の大ヒットを飛ばしている最中、「遥かなる恋人へ」のランク降下がピタリと止まりました。35位くらいで3~4週程度留まるようになったのです。

おそらくファン同士の連携で「ヤングマンにリクエストできない分もう一度遥かなる恋人へのリクエストはがきを投函しよう」と云う事があったのではないかと推測します。番組では基本31位以降の曲紹介では特にコメントはされないのでパーソナリティの林幹雄さんも「粘りを見せていますね」と呟くのが精いっぱいの?表現でした。当時はもちろんsnsめいたツールは何もない時代ですから、ファンクラブに入っていなければ何らかの行動の煽りはなかなかむつかしかったと思います。なおかつ福岡のイチラジオ番組限定の話ですからモチベーションもそう高まるものではない。。。

当時私としては沢田研二さんのカサブランカダンディからOH!ギャルの間の狭間でしたから特にベストテンに注意を払う必要がなく、この「遥かなる恋人へ」の動向にはとても注目していました。新曲が発売されると、前曲は1か月もするうちに50位圏内から去る、というのが当たり前の流れだったのです。そしてこの「遥かなる恋人へ」のランクが再上昇してくるのです。1か月近く30~35位間を漂った後、30位内にカムバック。その後も徐々にランクを上げて、ヤングマンが売り上げの絶頂を迎えるころには21位くらいまでランクを復活させた、という記憶があるのです。

同番組内では30位内にラインクインするとリクエストはがきが読まれます。その内容には「ヤングマンにリクエストできない分、この遥かなる恋人へをもう一度ランクインさせよう!と福岡、そして県外のファンも結束してはがきを投函している」と多くの方が書いていました。そしてファンでない多くの人からもリクエストはがきの投稿があったようです。「私は特に秀樹さんのファンではなかったが、ヤングマンをリクエストできないのは本当に可哀そう。でもこの遥かなる恋人へもいい曲なので、ヤングマンへ投函したいという思いをのせてはがきを書いた」という内容のはがきが多く読まれました。 

繰り返しますが、これはすごいことだと思いました。「大勢で何かを起こそう」というムーブは中々作りにくい時代。しかもいったんは役目を終えた曲にもう一度スポットを当てようというのはそれほどモチベーションを上げるのはむつかしい。。。しかしファンでもない一般の視聴者を巻き込み、遥かなる恋人へはヤングマンがヒットしている最中21~30以内をキープし続けたのです。

当時私は小学生、みなが「ヤングマン」の話題には食いついては来るのですが、「ベスト歌謡50では遥かなる恋人へが驚異の踏ん張りを見せている!」と言っても「なんだそりゃ?」で終わりでした(笑)でも私は自然発生的に一般の人の気持ちが集結して順位をキープし続けるこの曲に気持ちを奪われていました。たまに遊びのお誘いがあっても20位台の発表がある3時ころには泣く泣く?帰宅していました(笑)それほど気持ちを揺さぶる出来事だったのです。

そして1979年5月21日に秀樹さんの新曲「ホップ・ステップ・ジャンプ」が発売されました。この曲は作詞山崎光さん、作曲は水谷公生さんなのでもちろんランクインの資格はあります。発売後この曲はそれまでのうっ憤を晴らすかのように一気に3週目でRKBベスト歌謡50での1位を獲得しました。後年ジャニーズの出す曲が初登場で1位を獲得するのは当たり前だったのですが、当時はどんな前評判のいい大ヒット曲でも1位を取るには1か月以上かかったものです。

これもまた快挙でした。私は当時は正直ジュリーの新曲「OH!ギャル」のことよりもこの一連の流れに気持ちが行っていたのが偽らざる心境です。そして2度目の役割を終えた遥かなる恋人へはその後急降下する訳でもなくじんわりとですがランクを落とすにとどまりました。ホップ・ステップ・ジャンプのランクが30位くらいに落ちてくるまで50位内にとどまっていた印象があります。

そして迎えた年末の「RKBベスト歌謡50年間ベストテン」確か最高位6位であったこの「遥かなる恋人へ」は普通であるなら40位前後だと思うのですが、見事ベスト10内に入り込みました。たしか5位だったと記憶しています。 「おもいで酒」「いとしのエリー」「ガンダーラ」「関白宣言」等後年まで語り継がれる大ヒット曲に混ざっての入賞です。ジュリーはこの年同番組では年間ベストテン入りできなかっただけに、自分がずっと応援してきたこの曲が明らかな結果を出したことはとても誇らしい気持ちでした。

以上が私が訴えたかった個人的な気持ちです。この話中々感動的な逸話だと思っているのですが、ネットで検索してもなかなか引っかからないのですね。YAHOO知恵袋で1件だけヒットしましたが。。。。ご記憶の方はいらっしゃらないでしょうか?。。。。

今回はこんなところです。歌謡曲の話は少しずつ書いていきたいと思っています。それでは、また。

#西城秀樹

#遥かなる恋人へ

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