鬼滅の刃 単行本1巻を考える ~全集中とは自律訓練法である!〜

こんにちは、みやけです。

今回は私がすっかりファンになってしまった漫画「鬼滅の刃」の検証企画を書いてみたいと思います。残念ながら23巻で終了となってしまいましたが、私としては1巻1巻ずつの内容にポイントを絞ってなぜこれほどまでに大ヒットになっているのかの要因について分析して見たいと思います。

まずいきなりネガティブな分析から入るのですが、私は以前この本についてブログに書いたときに“ハマる人”と“ハマらない人”がいるはずである、と書きました。その件についてもう少し突っ込んで見ます。子供達にも大人気なのは登場人物のカラフルなコスチュームが大きな要因だと思いますが、「面白く無い」「途中で挫折した」という人は一体どこらへんでそう思ってしまうのか?と言うことです。

まず最初のシーンである炭治郎の家族の惨殺シーン、その後の富岡義勇との出会いまでの流れを含めてあまりに残酷であり救いの無い内容であるからここで拒絶反応が出てしまう。このパターンはかなり多いようです。これは分かります。かなりきつい描写が続くので整理的に受け付けない人も多いでしょう。

ただし、それと同じくらいに多い意見が「第3〜5話の炭治郎が強くなり鬼殺隊に入れるようになるために行った山中での訓練シーン」です。その内容はざっと見るとかなり地味。しかも文字、と言うか状況説明や強くなるための理屈のせリフが多い。

派手な非日常の世界を見てスカッとした気分になりたい」と思って読んでいる人にちてはここで心が折れてしまうのでは無いでしょうか?多くのヒーロー物の物語において、主人公が劇的に強くなるためロジックとしては師匠的存在の人から、変身能力を授けられたり、空前絶後の?武器を貰ったり、人間でではあり得ないような卓越した能力を授けられたりする、、、と言うのがパターンだと思います。

しかし鬼滅の刃においては、基本的にはそれなりに現実的なロジックからなる鍛錬法において人間の身体の動きの理にかなった方法論で自己を鍛えていくということの繰り返しなのです。これって我々が日常味わっている仕事や日常生活そのものであり、「なんでわざわざ漫画を読んでまで日常を味合わねばいかんのや!」と思う気持ちになるのも良く分かります。

しかし、その後の物語でも頻繁に出てくる「理屈。このようなことが行われている必然性」の内容については、どれもこれもその方面に明るい者から見ても非常に理にかなっていることを書いているなあ、と常々思うのです。例えば炭治郎が山中での訓練シーンで「空気が薄い山だから普通の呼吸では酸欠になる」という事をさらっと書いてるのですが、これって上級クラスの格闘家の発想(低酸素トレーニング)なんですけど。。。どこでそんな情報を仕入れたのか?吾峠先生。。。

そのうち「大正コソコソ噂話」の中では『ジャイアント馬場の脳天唐竹割は、手の側面で叩くのではなく、手のくるぶしの突起の部分を相手に突き刺しているから効き目があるんだよ』とか紹介されそうで身がすくむ思いです!

(←あるか!w)

まあ、そんなことはどうでもいいのですが、以降のこの物語の中でも「なぜこのような状況になっているのか?その必然性を論理的・現実的に提示する」事は再三繰り返されます。それが読んでいる側が持っている基礎知識にどこかで引っかかり、話にのめり込むことの後押しになるのでは無いかと思うのです。

簡単にいうと、画風は若い女性のそれそのものなのですが、書かれている事は男性的な論理性を多用しているので男女や世代を問わず、自分に共感できる物語と捉えられるのでは無いでしょうか?この辺り吾峠先生の相当な博識さが垣間見えるのです。

そして。この物語においてキーポイントとなるワードの”全集中の呼吸”、、、、これってカウンセリングにおける催眠療法の一種でる「自律訓練法」そのものであると思わずにいられませんでした。会得した専門家でないと危険がともなう手法ですが、反面メジャーなカウンセリング技法でもあるのです。

まず”全集中の呼吸”とはなんなのか?第5話にてこう解説されています。

体中の血の巡りと心臓の呼吸を早くするもの。そうすればすごく体温が上がり人間のまま鬼のように強くなれる。肺を強化して大きくし、血の中にたくさん空気を取り入れて血がびっくりした時骨と筋肉が慌てて暑くなって強くなる。とあります。

対して自律訓練法とは以下のような内容の手法です。

自律訓練法とは副交感神経が優位な状況を作り出すことで、ストレスの軽減・消去をしていくものであり、それに付随して不安・緊張・恐怖などのコントロールにも利用されるものです。

方法はまずリラックスした体制をとり体の力を抜き、深呼吸をして息を吐くタイミングで体の力を抜いて行きます。そして以下のようなイメージを心に描きます。

①両腕・両足が重たい→②両腕・両足が暖かい→③心臓が静かに規則正しく打っている→とても楽に呼吸をしている→④お腹が暖かい→⑤額が快く涼しい(入浴している状態と同じ感覚の状況を作る出す)

カウンセリング技法を学んだものとしては“自律訓練法”をグレードアップさせたものとしか思えないのです。その後も炭治郎が強くなるにおいては肺と血液の流れを強化することがポイントになっており、人間の体について一定の理解があるもの(特に女性は敏感だとは思いますが)でしか発想しえない内容が多いのです。

この辺りがただの勧善懲罰の漫画でなく、必然性や理屈にこだわる読み手を虜にさせる漫画だと感心するのです。

そしてもう一つ。炭治郎の戦い方です。前にも書きましたが、彼の手法は気合いに任せたものではなくむしろ正反対、「どうしたら相手に勝てるか、相手の特徴・自分の状況を考えに考え抜いた上でその場に応じた戦法を紡ぎ出す」という非常に論的なものです。

私は常々「この漫画のあいつにそっくりだなあ」と思っていました。カイジです。

福本伸行先生が現在でも書き続けている“カイジ”シリーズ。これまた私が大好きな漫画です。ただし、ご存知の方も多いとは思いますが、カイジはギャンブルジャンキーであり、まともな社会人としての常識は欠落しているいわば人間のグズ!炭治郎とは対局の人間です。

しかし25年以上続くこの漫画の人気の要因といえば、ギャンブルの場になるとダメ人間が豹変し、命を賭けさせられるような苦境におかれても考えに考え抜いて論理的には成り立っている脱出法を考え出すカイジの論理性にあると思うのです。(最近はそうでもないのですが。。。。)

炭治郎とカイジ、住む世界は交わりようのないステージに存在していると思いますが、「現実問題そのようにうまくいくものではない」という点はあるものの、筋の通った論理性攻略法を編み出し強大な敵を打ち破る姿がとても似ていると思うのは私だけでしょうか?

少し脱線しましたが、、、、この回をまとめますと。。。鬼滅の刄が多くの世代の日とったちを虜にする要因の一つには、その論理性、必然性、そして吾峠先生の様々な分野の知識を基にした物語の構築、その辺りにあるのではないかと思っています。

面白くない、と思う人はそれを娯楽として受け入れるのに耐えられない人だと思うのです。

第1巻の分析はこんなところですね。

それでは、また

#鬼滅の刄

#竈門炭治郎

#自律訓練法

#賭博黙示録カイジ

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