沢田研二さん新曲  LUCKY / 一生懸命 の歌詞の意味を考える

こんにちは、みやけです。

色々と気が滅入るニュースが多い昨今ですが、ジュリーの新曲「LUCKY/一生懸命」を聞くととても心が落ち着くことに気が付きました。と言っても薄っぺらな宣伝をするわけではありません。今回の衝撃的な嫌な事件を聞いて、特に妻の不安感が増してしまい、ちょっと鬱っぽくなってしまったのですが、2人でジュリーの「Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Ohというフレーズを聞くと、なんだか「そんなところにいないで気分のが晴れそうなあっちの方に行こうよ」と誘われている感じで心が落ち着いたのです。ジュリーの声は”天の声”のように聞こえたのです。

やはり音楽は人の気持ちをやさしくケアしてくれる特効薬!”非日常”という世界にいつでも連れて行ってくれる魔法の杖なのですよ。今回のブログでは、ジュリーの新曲について歌詞を文字起こしし、その内容に本当はどんな意味が含まれるか考えてみたいと思います。なぜこんな若干トリッキーな題名の歌なのか?まあ、発売から1か月近く経ちますから歌詞のネタバレは許してくれる、、、、かな?

会いたい気持ちもがく、会えない想いおもく、自分の大切見つめていた。お天道様は雲の上、いつもありがとう。

誰かのために祈り、自分のために祈り、今日までの自分懺悔して、お天道様は夜照らす、本当ありがとう。

心の隙間に悪魔を育てないよう平けく安らけく生きていたいね。

Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 ラララ ラララ Oh LUCKY 幸運の不思議

Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 ピピピ ピピピ So HAPPY 幸運の不思議

老後の楽しみ我らの楽しみLIVE!もうちょっとだけど未来を信じるLIVE!最低な奴も最高な奴もLIVE!血が騒ぐROCK MUSIC!

諦めた時から風が変わった誰も知らない景色も見たし 無欲ヤバいそれ!COME ON!COME ON!COME ON!

Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 ラララ ラララ Oh LUCKY 永遠の不思議

Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 ピピピ ピピピ Oh LUCKY A級の不思議

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Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 ラララ ラララ Oh LUCKY 悪運の強さ

Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 バババ バババ Oh Baby ババババババ BABY

Oh イーヤーイエ So イーヤイエ Oh 一生懸命 ジジジ ジジジ Oh G.G ジジジジジジ G.G BABY BABY

まずはですね、「Oh イーヤーイエ 」=「老い合おう」「So イーヤイエ」=「添い合おう」、だと思うのですよ。全体としてジュリーのファンの主体である高齢者(←怒らんでね)に対して、「みんな色々なことを共感できるのだから、励まし合って老後を生きていこう!」というエールの歌だと思うのですよ。今の社会ではありそうでない歌です。ジュリーは何度も「年寄りが聞く歌が少なすぎる」と言ってましたよね。

そして歌詞を順に追っていきたいと思います。そのまえに、この歌は当然なのですが「LUCKY」と「一生懸命」がベースになって歌詞を展開しているのだ、と云う事を念頭に置かれていただきたいと思います。まず最初の青色の部分はコロナ禍でジュリーがファンの前に姿を見せることが出来なった事を詫びつつ、それを耐えてきたファンに対しても「お互いよく頑張ったよね」とねぎらいの声をかけているのだと思います。

でもしかし、そのような困難下であっても日常を失わず、毎日を地道に一歩一歩一生懸命生きていくことでいつの間にか周りに幸運が舞い降りている。そい言いたいのではないでしょうか?それは副業にうつつを抜かすわけでもなく、中身の薄いバラエティ番組にどっぷり浸るわけでもなく、ただひたすら音楽=ロックンロールに殉じて来たジュリーの生きざまそのものではないかと思うのです。

ジュリー還暦コンサートで語った言葉「日常を、日々の暮らしを一歩一歩歩んできました。」「また明日からしっかりと日常を暮らしていきたいと思います」私はこのフレーズが大好きです。そしてこの後のジュリーの足跡はこの言葉から全くぶれていません。わき目も降らず継続することからくる自信、そしてそうしてきたものだけにしか味わえない幸福感、そういう感覚があったのではないでしょうか?

なんだか宗教っぽい話になってしまうかもしれませんが、「幸福」「幸せ」という概念はその人その人が個々で感じるものであり、普遍的なものではない。ジュリーは「何と言われようと今僕は幸せなんだ」とごく自然に感じる境地まで達したのではないかと思います。

さて歌詞に戻ります。ピンクに色付けした「LIVE!」を絡めるセリフは、ジュリーがファンに伝えたかった事。自分自身が今考えている事ではないかと思います。継続してLIVEを行えなかったのでファンとコミュニケーションを取ることに飢えていたでしょうし、同じようにそう思っていたファンに対し「だろ~?」と長期間離れ離れだった家族と再会し喜び合うような感じなのではないかと思います。

無欲ヤバいそれ!」はやや強引にぶっこんだ感はありますがw、誇り高く生きてきた自身の歌手人生に対しての自画自賛をあえてちょっとダサっぽく?自虐的に控えめに言い換えたのではないかな?と思いました。次の「奇跡ヤバいそれ」もやはりそうですよ、「俺って結構カッコいいじゃ~ん」というのをネタっぽく言っているのだと思うのでございます。。。

あとですね、考えすぎかもしれませんが、コーラスの「あ~あ~」という発音もなんとなく、自虐的かつ自身の現状を受け入れざるを得ないようなアンニュイな叫びにも聞こえるのですよね。

そして最後の部分ですね。「ババババ、、」も「ジジジジ、、」まあ、これは改めて説明不要だとは思いますが、その真意としては「みんな仲間なんだ!」という呼びかけもあるかと思うのですが、「老い」という人間にとって向き合いたくないテーマについて、直視し受け入れることが今後生きて上でHAPPYになる秘訣だ!と訴えているんじゃないかと思うんですよね。”スーパースター”ジュリーが老いを受け入れている、とてつもなく物凄いことだと思います。

いくら「太った」だの「劣化した」だの言われようが自身が受け入れての事であるなら何の問題があるでしょうか!そんなことを冷ややかに言うのはファンでも何でもない人なんです。自堕落で開き直っているのと、意図してその部分を切り捨てているのは違います。男性も女性も必死になって「見た目の若さ」をキープしようとしている人がいらっしゃいますが、痛々しいなと思います。

今着ているものを脱ぎ捨て、過去を脱ぎ捨て、全てを脱ぎ捨てないと新しい世界、まだ見たことのない世界は見えてこないと思うのですよ。

そろそろまとめに入ります。この新曲「LUCKY/一生懸命」はコロナ禍で疲弊したファン、そして自身へのねぎらい、そして今後どう生きていけばよいか?の方向性を提示した歌だと思います。コロナ禍で多くの人が疲弊し、培ってきたものが通用しなるのでは?という不安感を持つ人が多いのではないかと思うのですが、ジュリーはそれに対し「一生懸命に生きていけばいつの間にかLUCKY=幸運は訪れる、というエールを送ろうという意識だったのではないかと思うのですね。

そしてそれは、前曲まで続いてきた路線とベクトルが逆に向かうものではない。ジュリーはぶれないまま、さらに広範囲の人たちに寄り添おうとしたのだ、そんな風に思うのです。

今日はこんなところです。それでは、また。

#沢田研二

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