嗚呼!昭和プロレスマガジン休刊!!(前編)

こんにちは、みやけです。今回はプロレスに関する話です。

私が長年愛読してきた「昭和プロレスマガジン」(昭和プロレス研究室・ミック博士 発行人)が休刊する事になったという悲しいお知らせが先週末入ってきました。現在62号まで発行済みですが、64号発行をもって休刊するとのことです。

ほぼほぼ個人で出版されているミニコミ誌でありながら、四半世紀に渡りコツコツと年3回の発行をマメに実行され最後もしっかり幕引きをされようとしてる姿を見ると、博士の誠実で几帳面・常識的な人柄が伺い知れます。

昭和プロレスファンというのは裏事情の噂話が好きな反面、発信する側は(私を含めて?)言いっぱなし、書きっぱなしの無責任な輩が多い印象があり、なおかつ昨今のYou Tubeにおいてはネット検索に頼ったであろう真偽が不明な話をさも自分で調べ上げたかの如く喜々としてUPしている例が多々あり、「事実の裏付け」をこれでもかとばかり執念で行ってきた博士の姿勢には本当に頭が下がります。

今や「昭和プロレス」で検索をかければ一発でその名前が出るほど第一人者となられているわけですが、ここに至るまでは並々ならぬ苦労、嫌な事もあっただろうと察せられます。休刊の理由は「モンスターユーザーへの発送に関するトラブル(相手が悪い)等諸条件にて体力&気力共に継続する自信が無くなった」とのことです。

自分が好きなことを打ち切るというのは本当に辛い事でしょうし、辛いご決断だったと思いますが、長年素晴らしい雑誌をお手頃価格で提供していただいた事には感謝の気持ちしかありません。私の住まいは福岡というエリアの関係上マガジン新刊が届くのは基本月曜日だったのですが、仕事から帰ってきてあの封筒を確認した時の高揚感、2,3日はマガジン購読ですっかり夜更かしする、というルーチンも後2回しかないのかと思うとさびしい限りです。

そしてまた、このプロレスマガジンがただ単に昭和プロレスの情報を羅列するだけでなく、徐々に各種事件がどのような背景から起こったのか徹底的に調べ上げ、その資料から導き出される大胆な仮説を構築するスタイルにグレードアップする様を体感できたのは本当に有難かったです。

また、私自身と博士とは、SNSで相互フォローの状況ではあるもの、面識があるかと言えば、秘密集会で何度か簡単にご挨拶させていただいた程度です。しかし私の拙い感想文を何度かマガジンに掲載いただいたり、このブログへの掲載許可もいただいたりしており、お礼を述べなければならない事は山ほどあるのです。(今回の掲載も快諾いただいております!

今回はマガジンにおいて、私が非常の「素晴らしい!」と思ったポイントの回を、ホントはいくつもあるのですが、厳選して書いてみたいと思います。その前に、私が未だに忘れがたく実に下らない思い出話をひとつ。。。自分の事でありミック博士とは何の関係もない話ですが。。。

かれこれ15年くらい前になるのですが、私は転職の為当時住んでいた賃貸マンションを引き払い別の土地に引っ越すことになりました。その為某引越し業者に引越費用の見積もりを頼み、私が仕事で留守の最中部屋の家具等を見に来ることになったのです。対応は妻が行うことになりました。

とある平日の午後、某引越センターから40前くらいのガタイのいいオッサンと(175㎝、100キロくらい?故・上島竜兵さん似)30歳くらいの小柄な男性が我が家に訪れました。そして普通に部屋を回り家具をチェックしていったのですが、私の部屋に入り書棚を見ていると、竜ちゃん似のオッサンが急に固まってしまい、明らかに当時既に20冊くらい所持していた「昭和プロレスマガジン」に視線が釘付けになったとの事です。

その後、急に竜ちゃん似のオッサンは急にそわそわしだし、気もそぞろだったとの事。ほどなく家具チェックも終わり、リビングのテーブルを囲んで着席し見積もりをその場で算出する事になったのですが、竜ちゃんは若手社員と何度かやり取りし、見積もり算出を命ずるとやおら妻に向かって「奥さん、、、、申し訳ないんですが、ご主人の書棚の本、少し読ませてもらえないですか?あくまで個人的趣味なんですが、どうしても気になる本があって。。。」と言い出したのです。

あっけにとられる若手社員、しかし妻は断る理由もないので竜ちゃんを再度私の部屋に案内し、「どうぞ好きな本を見られてください」と伝えると、竜ちゃんはすぐさまマガジンを手に取り、数ページめくっただけで「んおおお!おおおッ!んんおおおっ!」と声を出して驚嘆!子供のように本にむさぼりついたらしいのです。

そして大方読み終えると、なんと別の号を手に取りページをめくり出し「実は私あの伝説の19✖✖年××月の全日本武道館決戦に福岡から密航し、三沢対✖✖戦を生で見たんですよ!」と語り始める始末!妻はプロレスファンでも何でもないのですが、私がよくプロレスの例えをするので「三沢」「武道館」というワードだけはなんとか聞き取れたようですが、あとは何を言っているのか分からなかったそうです。

そんなこんなで竜ちゃんは7~8分マガジンを熟読していたようですが、若手社員から「✖✖さん、見積もりもう出来てますけど、、、」と促され泣く泣く私の部屋から退散。見積提示の際でも「いや~ご主人は素晴らしい趣味をお持ちだ!」「あの雑誌どこで買えるんですか?」と興奮して上機嫌。

見積額は確か15万程度だったのですが、少し値引きが入って13万ちょっと。しかし妻は値引き交渉なんぞ何もしていないのに竜ちゃんが「え~い!4万プロレス値引きだ!」と言い出し(何がえ~いなのか不明)、10万を切る見積額になったのです。あっけにとられる若手社員。市内間とはいえ2LDKの引っ越しで10万切る引っ越し額って絶対赤字だったのではないかと思うのですが。。。

そして打ち合わせも終わり退出する事になったのですが、竜ちゃんはまたもや「奥さん、もう少しあの雑誌見せてもらってもいいですか?」と懇願!結局またもや5分以上本を読み続け、若手社員から「✖✖さん!もう出ないと次の訪問先に間にあわないっスよ!」と促され、ほぼ襟首をつままれ、引きずられるような状態で出ていったとの事です。

まあ、この竜ちゃん氏は相当アレそうですし、もう会社には存在していないだろうな?と思うのですが(失礼)このようなパッと見で閲覧してもこれだけ虜にさせることが出来るパワーが「昭和プロレスマガジンにはある!」と痛感した印象的な出来事でした。(←誉め言葉になってないか!)

さて、本題に入り、私が凄いなと思ったマガジンの内容についてです。ほんとはもっともっとあるのですが、あまりに長くなるのでやむなくポイントを絞って書いていきたいと思います。あと、当然マガジンの内容は博士のHPとリンクしており、もっと言えばそこから流れてきたネタも相当数あるのですが、その話を絡めるとややこしくなるので、そことは切り離して書いていきたいと思います。

さて私とマガジンの出会いですが、購入は3号からです。(2004年)どうやって知ったかは流石に覚えていないのですが、元々プロレス界の裏情報を読み聞きするのが好きで「紙のプロレス」「プロレス激本」(←懐かしい!)等のアングラ誌を買いあさっていましたが、どうも「掘り起こしの中途半端さ」を感じていました。

そんな中購入した昭和プロレスマガジンですが、当初は流石にオーソドックスに3年くらいのスパンで括って各団体のシリーズの総括、参加外国人レスラーの紹介を行っておられました。しかし個人の感想をかなり書かれていたのは私にとっては斬新でした。

その後のマガジンのグレードアップ具合を考えれば、まだまだ抑えめの見解でしたが、「業界人でなく一般人の見解」が文字になって出版されているのは何かこう逆に新鮮に感じたものです。やはりどうしてもマット界業界人の見解というのは、通常関係がある人の目が気になり筆が重くなるものだ、と常々思っていました。

しばらくは独自の仮説を建てるということはなかったのですが、12号「全日本プロレス 第3弾!」にて「クツワダ クーデター計画の真相」という企画が建てられます。しかしこれはシリーズ紹介の中で1ページ分割いてサムソン・クツワダが欠場し、退団に至るまでの流れを記すにとどまり、大胆な仮説を建てるまでには至っていません。

しかしクツワダ退団からクーデター計画の流れについては以前から単発的に証言する人はいましたが、専門誌からしっかりとした文章で明示されたものはなかったと思います。それを考えればこの全日本シリーズ紹介の中でスルーしなかった意義は大きと思うのです。

クツワダクーデターの件はその後じっくり書いていくことになりましたね。

そしてその次の号で「え!この人こんなことに目を付けたんだ!」と感心する企画を目にしました。それが 13号「国際プロレス 第4弾!」内での「伝説のゴッチ=ロビンソン戦は消化試合だった!」です。早くも13号にてこういう発想を行っていたのには驚かされます。

まずその状況をかいつまんで言うと、1971年に国際プロレスが企画した「第3回IWAワールドシリーズ」”バッドマークシステム”を導入した大会において、優勝争いはカール・ゴッチ、ビル・ロビンソン、モンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)の3つ巴となり、最終戦でゴッチxロビンソン戦がマッチメイクされていました。

試合前の状況では、ゴッチ・ロビンソンの勝った方が優勝、引き分けになればアンドレが逆転優勝という中で、両者決め手を欠き時間切れ引き分け。結局待機していたアンドレが漁夫の利で優勝を飾ったというものです。

しかし国際プロレスのいい加減さ、特にリーグ戦においての”粗い”マッチメイクに疑問を頂いていた博士は「本当にゴッチxロビンソンが行われる前の時点で優勝者不明な状況だったのか?その時点の星取表を計算すると優勝はもう確定していたのでは?」と疑問を持ち、アナグラム的に星取表を自身で作成され試合前の得点状況を再現したようなのです。

この大会は各レスラーは最初からポイントを所持しており、負けるとポイントを失い、ポイントが無くなったらリーグ戦参加の資格を失う(バッドマークシステム)、というややこしいシステムを導入していたのですが、結果、「点数的にはゴッチxロビンソン戦前に既にアンドレの優勝が確定していた」という結論を導き出したのです。

そして更に、この見解について「必ずしもそうでもない」という盲点もあったようで、次の号でその指摘を紹介する、という実にキメの細かい誠実な対応をされていたのが印象的でした。私だったらその意見、黙殺しちゃうだろうなあ、、、人がせっかく考えたのに!と腹を立てて。

それはともかくミック博士のこの姿勢は私にとって非常に斬新でした。他のジャンルの本なら違うのですが、プロレス本でこんな意見を述べるとは!という。。。。語弊がある言い方かもしれませんが、プロレスファンって裏事情を知りたがる人が多い割には、その裏情報をこっそり教えてもらえると実に素直に信じちゃう人が多いじゃないですか!ピュアすぎる人が多いと思うんですよ!

そもそもが”プロレス”という特殊なジャンルを信奉しているのだから、プロレスファンは信じ込みやすい方が多いと思います。なもんで裏事情を囁かれても「また騙そうとしてるんじゃないの?!」とは思わず「んおお!あの裏事情はそうだったのか!」と疑問を持たず更に受け入れちゃう人が多いと思うのです。

しかしミック博士は国際プロレスの大ファンでありながらも、国際はリーグ戦が行れた際、各選手の個人成績の流れが実にずさんである事に気づき(リーグ戦全試合が全て公式発表されていないことが多い)、公式発表で長年報道されてきたこのリーグ戦の星取表が本当に真実であるのか自分で確かめよう!という気持ちなったのではないかと思います。

※昭和プロレスマガジン 13号より

それも前段階で、前回のリーグ戦があまりにリーグ戦の情報が無かった為(というか全く公開されず)疑問に思われてこの検証に至ったたと思うのですが、信じちゃうプロレスファンだったら、「公式発表がそうなのだから間違いがあるはずがない」とそこで引っかからないと思うのですよね。

そしてこの号以降博士の「事実とされている事について、集め得るかぎりの資料を集め徹底検証する」という姿勢はさらに強まり、そして「その資料・データ・証言から推測される仮説」を立てるようになります。

ひとつの現象について多角的に調べるだけ調べ、出来るだけ客観的に見れば見るほどその裏に見えてくる事実をあぶりだしやすくなると思うのです。シャーロック・ホームズの理論で行くと「あり得ない事をひとつひとつ除いて行けば、最後に残ったものはどんなにありそうなことでない事でもそれが真実である」説です。

そして、この姿勢ってモロ、大学においての課題研究のやり方そのものなんですよね!そしてある時私はマガジンの表紙を何気なく見ていて気付きました。

んおおおッ!(←こればっかり!) だから「昭和プロレス研究室」であり「ミック博士」なのだと!

そして、更に「凄い事書いたなあ」と思う検証・推測があります。それは

ミスターXとグレート・マーシャルボーグ別人説

です!

このミスターX=マーシャルボーグ別人説ですが、まず同一人物説を言い出したのは誰か分かりません。ファンクラブや同人誌内で有名な話だったのかも知れませんが私は把握していません。しかし記憶しているのは1980年代後半、UWFの出現で新感覚のプロレスの見方がブームになる反面、東スポ的視点というか、昭和のプロレス報道を揶揄するような新しい書き手からのコラム・評論が多くなってきた時期かと思います。

かつて月刊ゴング、および週プロも一時シリーズ来日レスラーの通信簿的な企画を行っていましたが、それのオマージュのごとく「一杯食わせ物」レスラーを集約してあざけ笑う的な企画がよく見られました。当然出てくるのは上記2人やヘラクレス・ローンホーク、ラジャ・ライオン、ジャイアント・グスタブあたりが必ずリストアップされる訳です。

そのような企画内で「ミスターXとグレート・マーシャルボーグが同一人物ってホント?」とサラリと書かれていた覚えがあるのです。少なくと私にとっては初見の説でした。しかしこの裏付けが全く取れていない説を幾多のプロレス記事、ファンが疑いもせずに拡散させてきたと思うのです。

「プロレスの裏ネタ」としては誰が傷つくわけでもなく、格好の題材なのかもしれませんが、しかしこの説は未だ持って流布されております。ですが2010年くらいからこの説に疑問を呈するネット記事も見受けられてきました。ちょうどミック博士が別人説を唱えだした頃です。

博士が最初に表明したのがいつかは私も覚えていないですが、名鑑のミスターX、マーシャルボーグの項、において「肌の色や、Xを連れてきた新間氏の証言から別人」と明記しています。ポイントは新間氏の証言を確認してすぐそれに飛びついたのではなく、自身でビデオ等を確認し検証を行われている事です。正直過去同一人物説を拡散させてきた人たちは誰も検証しようと思わなかったのか?と思うのです。

youtubeが広まるまでは、2人の動画を確認する事は難しかったと思います。Xについては猪木さんの販売ビデオに収録されているもので確認可能でしたが、マーシャルボーグについては試合の再放送も一切されなかったので確認が困難だったのは分かります。

しかし関係者に確認するような人はいなかったのでしょうか?まだ当時全日本に所属していた人なら口を割らなかったかも知れませんが、小鹿、天龍、越中あたりは同じシリーズに参戦していたのですから事実を知っていた可能性はありますし、Xの後見人である新間さんは昔から積極的にインタビューに応じていたわけですからべらべら喋っていたに違いないのです。

どうもプロレスに関する物書き、ファンの投稿については、「提示されたものを素直に受け入れる」事が習性になっており、その事に疑問を抱かないどころか喜んで拡散させてしまう傾向があるように思います。

私が保持しているプロレス本の中に、ベースボールマガジン社が2003年に発行した「プロレス異人伝」という本があります。プロレス創世記からその時点に至るまでの全来日外人をシリーズごとにリスト化されたものであり、インディー団体も明記しているので非常に史料価値の高い本です。レジェンドのインタビューも満載です。

しかし残念な部分も多々あり、ハーリー・レイスのインタビューでは「私はPWFのシングルとタッグのタイトルを3回取ったよ。」と書いてしまっています。賢明なプロレスファンなら「それ違う!」と即突っ込みが入るはずです!PWFシングルの戴冠は1回だけだし、PWFタッグに至っては獲得0、というよりレイスは全日本マットにおいて、PWFタッグはおろかインタータッグ、アジアタッグについて挑戦さえ1回もしていないのです。(日プロ時代にはあり)

いくらレイスがこれを本当にしゃべったとは言え、ベースボールマガジン社というプロレスマスコミ最後の砦が検証もせずに事実と異なることを書いてはいかんのです。あの試合がブックだったか?ヤオだったか?なんて事の事実の裏取は困難ですが、マッチメイクの有無の事実は簡単に確認できるのですから。。。最低限※印の注釈くらいはいれるべきなんですよ!

ちなみにこの本、ミスターX=マーシャルボーグ同一人物論を言い切っちゃってますね。。。

Screenshot

もっと言えば、今は両者の動画も確認できます。Xは明らかに猪木より3~5㎝は高い!身長差を利用した攻撃も目立ちます。195㎝という公式発表はそれほどブレはないでしょう。マーシャルボーグは公式発表190㎝となっていますが、公式発表185㎝のカマタよりちょとだけ大きいくらいであり、(マガジンでは180㎝記載!)どうみてもいいとこ187㎝くらい。。

しかしそもそも公式発表でも5㎝の身長差があるのに同一人物説を受けいれる心情が良く分りません。まあ、この話はどうでもいいと言えばどうでもいいのですが、プロレス物書きの体質を非常に分かりやすく明示された現象だと思うのです。

話が非常に飛びましたが、その点ミック博士は心に引っかかったあらゆる現象において徹底検証を計ろうとしており、こっちの方がマスコミとしてあるべき真の姿ではないかと思うのです。その他国際末期に来日したレッド・デビル2号がビル・ホワイトである、という定説についても、実は初来日のレスラーであることを突き止めましたし。。。この検証は他にも山ほどありますね。

ただしライトなファンからすれば同一人物説は話のネタとしては面白いのだと思います。レッド・デビル2号=フェルナン・フレシェ!と言われても「誰それ?」となりかねません。しかしこのように、忖度に惑わされることなく真実を突き止めようとする姿勢、それは資料の蓄積であり、その結果この業界が陥りがちな思考が見えてくるのではないかと思うのです。

そして、なんらかの別の事象にぶつかった場合、「これってこの事が原因ではないか?」という仮説が思いつくのではないかと思うのです。プロレス関係者の心理を読み解くというやつですね。これが直近のマガジンの新日本プロレスクーデター事件の謎解きにつながってくると思うのです!

そしてそれが非常に大胆な仮説であったとしても、その業界の分析をコツコツと真摯な姿勢で行ってきた人の出した見解というのは信用できると思うのですよ!

・・・・んん~今回は簡潔に1回でまとめるつもりでしたが、結局自分の話を色々書いてしまいまとまらんじゃった。。。次回後編を書き、やむなくそれで結ぶとします。情けない!「んおおお!」を書きすぎた!(←しつこい!)

後編は上記の内容に加え、コブラさん、ねひつじさん等の他の執筆陣の方々や再三登場された流智美先生マイティ井上選手についても感謝の気持ちを書きたいと思います。

なお、もうひとつ感謝を書かせていただきますと、マガジンにおいて新日本も全日本も平等に扱ってくれたこと。ミック博士は自他ともに認める猪木ファンであることはいまさら言うまでもありません。Xでは猪木さん愛に溢れる書き込みをされていると思いますが、マガジンにおいては両者、両団体について情報をコントロールする事は全くなかったと思っています。

逆に私は馬場さんのファン。ただし「馬場さんの悪口は俺が許さない!」的なややこしいタイプではなく全日及び馬場夫妻のダメさ加減も十分わかっていつつのファンなのであります。そんな私であってもマガジンについては実にフェアに分析されていたと常々思ったものです。

自身は猪木ファンでありながら、歴史検証の際は肩入れをせずフラットな目線で行う、、、当たり前の事かも知れませんが、これが出来ていない、いややろうとしていないマスコミが何と多いことか!

唯一、「怪奇レスラー快進撃」において我らが御大を怪奇レスラーにカテゴライズされた際は「なんばいいよるとかいな、こんひたああ」と憤ったものですが(笑)それ以外は嫌な思いをした事は無いのであります!(笑)

ミック博士は日本のみならず海外にも人脈がおありのようで、膨大な情報が集まってくると思います、それについて猪木さんや新日本に有利なように情報をコントロールして読者に提示する事は可能だったとは思いますが、全くそんな雰囲気は微塵もなっかった!研究者として素晴らしい姿だと思います。

今回の内容をまとめますと、

「昭和プロレスマガジンには真のジャーナリズムがあった!」

という結論です。

今回はこんなところです。それでは、また。後編をご期待下さい!

ディック・マードックを馬場はどう評価していたのか?(前編)

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