
こんにちは、みやけです。今回は骨髄移植体験記の20回目となります。骨髄移植終了後、耐えがたい口腔内の腫れ、痛みに悩まされ毎晩眠れない夜を過ごしながらも血液の数値はそれなりに順調に推移しておりました。
結果、移植約16日目にしてようやく担当医から「移植した骨髄の生着」の診断が下りました。とりあえず骨髄は正常に動き出したようなのです。苦しみながらも退院に向けての第一歩を踏み出した訳ですね。生着までにかかった日数の長さとしては普通だと思います。

上の資料は生着確定当日の血液検査の結果ですが、赤血球・ヘモグロビンはまだ基準値に遠いのですが、白血球は基準値まで回復しているのですね。ただし医師の説明として「見かけ上白血球が多めに見えるような薬を使っている」という話でしたが、、、、
あと、血小板がまだ極端に低いので出血には極力気を付けていました。ベッドの角で足や手を打って内出血、、、というありふれた怪我でも致命傷になりかねないんですよね。更には右の欄にある「タクロリムス」の数値がどれだけ下がるかをずっと見ている、と言われていました。
しかしながら、私自身は喉の腫れで少量の焼き菓子(饅頭の皮等)くらいしか食べることが出来ず、栄養は特殊点滴で何とか摂取している状態でした。頭痛が酷いので本やテレビは長時間見る気にならないし、口の中に直ぐ大量の唾が溜まってしまうので看護師との世間話もままならない。「この時間は楽しい」と思える瞬間がない、非常に空虚な毎日でした。
ただし、診断においての決定的な問題がある訳でもなく、対処のしようがない肉体上の処置がある訳でもないので、ただただ毎日の血液検査の数値が少しでも上向いていることを願う毎日でした。

そんな中でも体力が落ちないように軽い運動は続けるよう担当医から言われていました。「左手に24時間点滴が付いたままなのにどうやって?」と思いながらも、毎日20×3回の腹筋、スクワットを1日3回行う事を休まず続け、更に点滴台を引きずりながらの館内ウオーク(といっても無菌病棟のワンフロア、直線廊下を往復するだけですが)を続けていましたから自分でもよく頑張っていたと思います。
そのようなハードな毎日を送っていたのですが、そんな中私の一生の宝物になるようなプレゼントをいただいたのです。日にちを確認してみると期日は生着確定の数日後でした。それは私に骨髄を提供してくれたドナーさんからの手紙でした。
骨髄バンク経由でドナーさんから骨髄を移植された患者は、2回だけですが手紙のやりとりができます。私の場合で行くとドナーさんに手紙をを出し、ドナーさんから返信が来れば、それに対して私が返信を投函し、ドナーさんからそれに対しの返信、それで終了となる訳です。すべて中身は骨髄バンクからチェックが入ります。双方のプライベートの情報が明かされないように。

私は入院後直ぐの段階で手紙を書いたと思います。ですのでドナーさんの返信は到着後結構早いタイミングで書いてくれたことになりますね。内容的はもちろん、ドナーさんになってくれたことの感謝の気持ちが主でしたが、私自身の状況、いったん移植がドナーさんの都合で流れ、他の方との体重差を無くす為20キロ以上のダイエットを敢行したことも書きました。
いきなりそんなのことを書いてドナーさんがどう思うかわからなかったので迷いはしたのですが、それほどまでに私は追い詰められており、如何にこのドナーさんの提供が私にとって希望の光となったか知らせたかったために、「重いです」と思われるかもしれない、と思いながら書くことにしました。

そしてその返信は直ぐに届いたのですが、それは本当に心を打つ、温かみのある内容でした。もちろんそれは私信であるため、その内容を画像でUPするなどという事は出来ません。更に言えば文字起こしすることもNGであると思います。
でもしかし、、、、理屈になっていないかもしれませんが、この方の事はどこかで第三者に知らせたかった!今回は私の表現による「文字起こし」という形で紹介したいと思います。一部は文面をそのまま転記しております。マナー違反かもしれませんがご容赦いただければと思います。
ちなみにそのドナーさんは女性であり、骨髄採集場所が東京の病院であったことから、おそらく関東在住の方、そして関東に拠点を持つ某企業の名前が入ったかわいらしい動物のキャラ付き便箋にそのお手紙は書かれていました。「この企業に本人、もしくは家族がお勤めなのかも?」と思ったりもしました。

その内容ですが、、、、
・私の体調へのねぎらい、治療中の大変な中私が手紙を書いて投函した事への感謝。
・私がドナーさんの体調を気遣ってくれたことの感謝。医師からは「急に格闘技でもしない限り健康上の問題は特に無い」と言われている事。
・自身が骨髄バンクに登録したのはその年の1月だった事。(なので私の最初のドナーさん選択の際は登録さえもしていなかった)仕事も家事も一段落して余裕が出来たタイミングで登録した。
・まだ制度の内容をあまり理解できていないタイミングで声がかかったので驚いた。
・普通のおばさんでも行動を起せばだれかの役に立てることを子供たちに示したい、という気持ちがあった。
という内容の事が書かれていました。そして大変申し訳ないのですが、最後の文だけその内容をそのまま文字起こしさせていただきます。
『頑張ってきなさいよ~」と気持ちを込めて送り込んだオマケ付きの細胞なので、きっといい仕事をしてくれるはずと信じています。そして一日も早く回復するよう心から祈っています。
このお手紙を見て、私は思わず涙してしまいました。もちろん手紙を頂いたドナーさんの優しい心遣いへの感謝の気持ちからでしたが、この方の文字、使用する言葉、文章の柔らかさ等から伝わってきた何とも言えない誠実な人間性に心を打たれたのです。
ひとつは「こんな素晴らしい方の骨髄なら、私を良いほうに導いてくれるのは間違いない!いや、絶対に無駄にしないように頑張ろう!」と思いました。そしてこの方の細胞が私の中で活動してくれるなら、「何かとイライラしがちな私の性格さえも改善できるのでは?」とも思ったのです。

その時の私は、社会から断絶されたような無菌病棟で隠遁生活を送っていましたし、普通に暮らしている方の感覚に久しぶりに触れて懐かしい、という気持ちもありましたね。でも本当にこんなあたたかい気持ちで骨髄採集に挑んでくれたのはありがたかったです。
更には、移植キャンセルから20キロ以上のダイエットという過程を踏んできた私にとって、まだ登録間もなかったこの方がマッチしたのは何とも言えぬ運命的なものを感じたのです。
おかげさまで、移植後は大きなトラブルもなく、再入院する事もなく、予定通り1年後には職場復帰。コロナ過で足踏みした感はありましたが社会復帰することが出来ました。

もちろん、妻の助け、医療関係者の皆様のバックアップがあった事は大きかったのですが、このドナーさんの手紙は私のお守りみたいなもので、「絶対に悪い方向へ転がるはずがない」と揺るがない気持ちを確立させるものがありました。
更になお、「この方の細胞が取り入れられるのなら、私の怒りっぽく被害妄想が強い性格も改善されるのでは?」とそんな事をまじめに考えておりました。その後、もう1回だけお手紙はやり取りさせていただきましたが、本当にこの方から骨髄を提供いただいて良かったと思っています。
もちろん、移植の予後が良かったのは色々な要因があると思いますし、確定的なことは医療従者側も断言はできないと思いますが、私は頂いた骨髄細胞がこのドナーさんであったことが一番大きな要因だ、と確信しているのです。

手紙のやり取りは2回まで、と限られている為もうこのドナーさんに対してはアクセスすることは出来ません。でもこんないい結果になったのは何とかして届けたい、いまでも強くその事を念じています。
今日はこんなところです。それでは、また。