こんにちは、みやけです。今回も昭和プロレスマガジン休刊に関する話です。
前回はいろいろと理屈っぽいことを書きましたが、一番私が楽しく読めたのは「怪奇レスラー総進撃」とか「ギミック大全科」等の企画ものですね。他には32号の「プロレス殺人技100」とか、27号の「最強タッグチーム列伝」「嗚呼!愛しのB級レスラー」も最高ですね。
この手の企画はマガジンのようなスタンスの雑誌の方が存分に持ち味を発揮できる!大手メディアがこの手の企画に手を染めた事もあるにはあると思いますが、やはり現存団体への忖度が働き、いろいろとコンプライアンス的な問題もあったりしてファンの側からしたら違和感を持つチョイスになる場合が多い!
なおかつ、マガジンは海外の情報もあり得ないくらいディープなところまで掘り下げて書かれているので、これをほぼ一人で作成されたというのは執念という他ありません。
そしてこれをちゃんとした「読める文章」に仕上げるのは大変な根気が必要ですし、文章力・技術もいると思うのです。例えば「ギミック大全科」の企画だったら専門誌の企画で似たものが過去無かったわけでもないとは思うのですが、単純にチームの羅列で終わっていたと思います。
しかしマガジンの場合、そのカテゴリに分類されるレスラーを一通りリストアップし、時系列ごとに並べるという手法を取る。そうすると何となくおぼろげに誰が誰のを流用したかが見えてきますし、そうしていくうちにこれまでそのカテゴリに属さないと思われていたレスラーも「実はこの流れでは?」という仮説が思い立つのかも知れません。
私が「なるほど!」と思ったのは「ギミック大全科」においての「いやな奴」編。「いやな奴」ときたら高慢ちき、キザ男ということだけの括りで終わりがちだと思います。確かにゴージャス・ジョージ、バディ・ロジャース、リック・フレアーといったところがラインアップされるわけですが、その中の下の分類として「裏切り者」も定義されていました。
よくよく考えれば、日本人の文化的には「いやな奴」といえば「キザ男」より「裏切者」の方がしっくりくると思います。共同体を重視する日本の国民性を考えれば!そしてかつての「キザ男」レスラーの来日に対し、本来ならブーイングを飛ばしてあげるべきでしょうが、どうもそうならなかったと思います。
1984年の全日本マットにジム・ガービン、マイケル・ヘイズという典型的なキザ男が立て続けに来日しましたが、まだ当時は日本にブーイングの文化が定着していなかったので彼らのパフォーマンスに対して会場のファンは「ヒュー!ヒュー!」と口笛を吹いてはやし立てていました。ガービンもヘイズもそれを見て満足そうにうなずいていましたが、実は拍子抜けしていたのではないかと思います。「なんで罵声を飛ばしてくれないんだ!」という。。。
その逆、日本の文化を考えれば「裏切り」というギミックの方が罵声を飛ばしやすい!シャチ横内を先駆者とし、上田馬之助、ラッシャー木村があれだけ稀代の大ヒールとなったのはこれである事が大きいと思います。マガジンの分類では結構サラッと書いちゃってますが「バディ・ロジャースと上田馬之助は同一カテゴリ内のギミック」というのは実に面白い考えなのであります。
こういう考えに考え抜いた統計学的なプロレスの文章を書くことが出来るのは竹内宏介さんかミック博士くらいのものではないでしょうか?う~ん、、、ここまで凄い分析力なら「御大=怪奇レスラー」の分類も受け入れざるを得ないか。。。(←しつこい!)
それからですね、マガジンでは海外の情報にも加え読者の意見も積極的に反映されていたと思います。例は沢山あるのですが、私が「なるほど!」と思ったのは、54号の企画「チャンピオン・カーニバル 第4弾」においての「ロビンソン・スミルノフ・ハワード最終戦欠場事件!」。ま、当時は事件どころか指摘する人もいなかった訳ですが。。。
私が説明すると長くなるので上にマガジンのページを掲載させていただきましたが、、、要するに週給単位のギャラをケチって全戦参加であるはずの上記3人を何の説明もなく帰国させたという推測です。こういう金が絡むネタってまず一般販売されている専門誌では書かない!いや書けない!
でも裏ネタ好きな私としては非常に面白いのです!何の証拠もない推測でありますが、普通の感覚で考えれば間違いなく当たっている話でしょうね。こういう読者からの情報・推測をポンポン載せていただいたのはありがたかったですね。
そしてマガジン制作においては気遣い、人間関係に苦労された点も読者が想像する以上に多かったのではないかと思います。
限られた範囲の話であるなら、いくら好きなことを書きまくってもせいぜいその対象のレスラーのファンからのクレームが入る程度だったでしょうけど(しかしその中にも鬱陶しい輩が相当数いたようですが)、マガジンの認知度が高まるにつれ、マット界の関係者のつながりも段々と太くなっていったと思うのです。
そうなると、その人に色々話を聞くことで新たな情報を手に入れるメリットがある反面、その人にとって都合の悪い話なってしまった場合、どうしても表現が抑えめになってしまう、というデメリットもあったと思うのです。特にプロレスというのは書けない話が多いでしょうからね。
しかしそのあたりもミック博士は非常に大人の対応をされ、いい塩梅の所に落ち着かせていたと思います。マイティ井上選手のインタビューを行ったあと、少しプロレスの内幕に関する自信の見解を書かれたのですが、後日井上さんから「そういう話はしてほしくなかったですね」との話があったらしいのです。
しかし、そのやりとりについてもマガジンは井上さんのコメントをしっかり載せた上で、発言した井上さんが悪者にならぬような表現で文章にし、その後博士も自身の見解を述べるという実に大人の対応をされていました。マガジンの規模が大きくなるにつれ、この手の話は多くなっただろうなと思いますが、そこは最大限の気遣いをされながらも真摯に対応されておられたと思うのです。
それから余談ですが、このチャンカン早期帰国の処置について他にも実例があるのではないかと私も考えてみました。
基本的に最終戦で3週間、4週間になるよう団体は日程を組んでいると思うので、そのようなことはないはずなのですが、シリーズの山場を中盤に持ってきているシリーズではあり得るのではないか?と思いました。いろいろと考えてみたのですがありました!それっぽいのが!輪島博士国内デビュー戦となった1986年全日本プロレスジャイアントシリーズ最終戦七尾大会です!
ご存じかと思いますが最終戦のメインは輪島xシン戦ではなく長州・谷津対ファンクス。セミ前でアニマル・ウォリアー対浜口・仲野のハンディキャップマッチ。参加外国人はこの4人のみで、前日まで試合に出ていたブラッド・レイガンス、ミスター・オリンピア、カール・フォン・スタイガー、ポール・ダイヤモンドは試合に出ていません。(ホークは怪我で欠場)
ちなみに日本人選手も解説席にいた馬場をはじめ、ラッシャー木村、鶴見、永源、栗栖も試合には出ませんでした。これは怪しいですね!流石に「俺は日プロ時代からのスタイガーのファンなんだ!今日を楽しみにして県外から試合を見に来たのになんでカールは今日出ないんだ!」と会場内で騒いだファンはいなかったと思いますが(笑)いくら輪島xシンが最大のウリとは言え全戦参加の外人レスラーが4人もいないというのはどうなんでしょうね?
ちなみに当時のカレンダーを見てみると、このシリーズは10月3日の君津市体育館から始まっています。この4週間後、その最終日は10月30日の青森大会となる訳です。なるほど、なるほど。ここまでは上記4人は参加している訳です。
そして途中参加のファンクス、ウォリアーズは10月19日からの参戦、11月1日は2週間目の最終日となる訳です。おお~。シンを除く全戦参加レスラーがこの「週単位理論」に当てはまる訳ですね。シンはこの大会の主役なのでやむなしとしたのでしょう。何の証拠もないですが、4人欠場はこの理由以外にあり得ませんね!
まあ、この話はこれくらいにして、まとめに入りたいと思います。今回マガジンでは日プロに来日した外国人レスラー名鑑を2回に分けて出版されるようです。既に国際、新日、全日は1983年まで網羅済みですので、全てが完了する訳です。
またシリーズの歴史についても、同様に後発3団体は1983年までクリア済み、日プロは流石に全てとはいかなかったようですが、ワールドリーグ戦を中心に大半は作成されており、「昭和プロレスマガジンには昭和のプロレスの歴史が全て詰まっている」と言っても過言ではないと思います。
博士がどこかで「私の昭和プロレスは1983年をひとつの区切りとしている」と語っておられたと思いますが、私も同感です。私が全日ファンだからというわけではないですが、マシン軍はあり得なかった!シリーズの軸とするにはあまりに役不足な平田や力抜山を半年近くも引っ張ってはいけない!
全日にしてもカブキやタイガーマスクはどうにも以前の流れからすれば違和感があります。これは私個人の考えですが、1984年を境にマット界は何でもありのチープなものになったな~という感はあります。しかもそれを延々引っ張る!マーシャルボーグやグレート・アントニオのように単発的なものはありましたが、その後すぐに回帰しましたからね。
もちろん更に掘り下げようとしたらいくらでもできるのかもしれません。でも一通り昭和プロレスを一周し、最後は日プロ外人レスラー名鑑というマニアックな手つかずの企画で有終の美を飾ろうとしておられる博士にはすごいなと思います。
過去の幾多のトラブルの話を聞いていたら直ぐに辞めたくもなったでしょうけど。。。最後に手をつけられていたUWFやジャパンプロの検証についても、本人は「妄想」と盛んに言っておられましたが、取りこぼしの無いよう、徹底的に文献、証言、について地道に確認されておられたのを垣間見るとまさに研究者というほかはありません。
そして他の執筆陣その他の方々について。
コブラ様
昭和プロレスのテーマ曲研究という、実にマニアックなジャンルを探求しその結晶体として、一冊の本を出版するまでに至ったコブラさん。一般書籍で普通に普通にこの本が流通しているという事が如何にコブラさん本人が「常識的で成熟した社会人である」事の証明だと強く思います。
残念ながら私はテーマ曲については大した知識は持っていないので、これ以上内容を偉そうにあーだこーだいう事は控えさせていただきます。しかし長年コツコツと研究を重ねてきた結果を書籍とされたのだから、それが私のようなうつけものだったら、知識をひけらかしたり、思い入れのある部分はじっくりページを取って特別扱いしたと思うのでうすが、マガジン同様実に平等に統計学の論文のごとく実に細かく整理された内容になっているのは本当に頭が下がります。
私がこの本の中で一番好きな箇所。。。コブラさんは「なんだそりゃ!」と怒るかもしれないのですが、巻頭の「はじめに」の部分なのです。
私は他の昭和プロレスファンの方とつながって当時のプロレスの話をするのは当然大好きです。しかしその中には稀に、いやそれなりの割合で”残念な”感覚の方がいます。申し訳ないですがあえて言うなら「ああ、もう50くらいのおっさんなのにそんな感覚なんだ、、、」とキツイ思いをする訳です。
そういう方に限って、芸人がプロレスで阿吽の呼吸のたとえ話をすると本気で怒っちゃったりもするもんですよね。しかし逆に自分が持ちえたプロレスの知識を常識的かつ正当な方法、成熟した大人の理論で世間に届かせようとしているのを見ると「なんてかっこいいんだ!」と思うわけです!
この本の「はじめに」の内容のすばらしさ!専門用語を極力使用せず、自身がなぜテーマ曲の研究を行っているか端的かつ普遍的な言葉を使い分かりやすく説明するこの素晴らしい内容!マニアが陥りがちな内側の世界に引きこもらず、正攻法で世間に問うこの健全な精神!
プロレスファンでもなんでもない私の妻もキスマイファンの26歳の姪っ子も、この文を読んで「テーマ曲についてはよくわからないけど、コブラさんがなぜテーマ曲を凄い熱意で研究しているのかとてもよく分かった!」と言っていたのです!
これこそが「プロレスに市民権を!」もたらす行動だと思うのです。相手の首根っこをつかんで「プロレスは真剣勝負なんじゃあああ、、嘘と思うなら俺と勝負するか!」と恫喝するのではなく、知識がない人に対しても極力相手が分かるよう対応する、、、大人のプロレスファンとして実にかっこいいあり方です。
このように、プロレスには興味がない普通の人にでも警戒せず入っていける内容であるから、他の一般の本に混ざって店頭に並ぶのだと思います。私にしたら驚愕でしたよ!こんなマニアックな内容が出版されたのですから、、、プロレスファンの誇りです。
コブラさんは独自に活発にイベントを行っており、ご活躍の場は増える一方の印象です、まだまだ研究成果を発表してもらいたいものです。私個人はsnsで半ばストーカー的に絡ませていただいておりますが、その寛容さにも恐縮するほかはありません。
唯一心の奥底に残ったままになっているのが「極道コンビテーマ曲問題」です(笑)テーマ曲事典においても極道コンビ(グレート小鹿&大熊元司コンビ)のテーマ曲は特に触れられていない、存在しないようなのですが、実は私め、彼らのテーマ曲らしきものを耳にしたことがあるのです!
時は1984年7月25日の福岡スポーツセンター、大熊元司&ターザン後藤対大仁田厚&渕正信組の試合にて大熊組は最初にサンダーストームのような雷音から始まる重々しいテーマで入場してきたのです。(当時後藤は極道の客人的存在)すでに私は極道のテーマは特にないことは認識していたので「んん?」と思ったのです。
曲の内容ですが、雷音の後は低音のドラムとギターを中心とした地味なテーマだったと思います。断じてサンダーストームの聞き間違いではない!テンポはキマラのテーマに近かったような、、、気になって後年それが何のテーマかずいぶん調べたものですが、未だにわからない!
そしてコブラさんにもこの話は10回くらいしたのですが(笑)やはり解明することはできませんでした。コブラさんが分からなかったら誰が分かるというのか!全国の昭和プロレスファンの皆さん!「極道コンビのテーマ」の情報をお持ちの方がいらっしゃれば是非ご一報を!(笑)
それはともかく、最近はあまりにレベルが高くなりすぎで、マガジンの連載「スーパーテーマ曲列伝」にはついていけなくなっていますが(涙)今後の更なるご活躍を期待しております!
ねひつじ様
実は私、昭和プロレス以外にも幾多の趣味を持っているの出すが、「未解決事件」についても大変興味があえるのです!そしてマガジン連載中の「ねひつじのプロレスと昭和史」の内容が実に面白い!事件のチョイス、そしてつぶやくようなコメント、注釈が実にツボに入ります。最近はマガジン内のミック博士の企画と同じくらいこの連載を楽しみしているのですよ!
この連載も終わってしまうかと思うと非常に残念でなりません。単行本にできるのではないか?と思ったりもしていますが、、、プロレスは社会情勢の合わせ鏡のような面がありますので、こういう対比は非常に面白いですね。
私は昭和42年生まれなので、さあこれから自分が知っている時代に入ってくるのだ!と楽しみにしていたのですが、、、でも今までの私がよく知らない時代の流れも大変面白いのですよ!昨今のテレビでは令和と昭和の文化を対して中高年たちが懐かしむ番組が多くなっているようですが、私自身はあんなモラルも低い、プライバシーも無いに等しい時代には戻りたくない!
でも娯楽も少なく、人々に余裕もなかったから、プロレスもプロ野球もテレビ番組もあんな真剣になって見立ていたのだと思います。私自身なんとなくうろ覚えだった人たちが実はこんなとんでもないことをやらかしてたんだと気づかされることも多い連載です。
実は私自身、裏アカを含め、snsで全く面識がない人とつながった初めての人はねひつじさんなので、その感謝の気持ちもあります。それほど深いやり取りをしていただいているわけではないのですが、落ち着いた文章を書かれる色々な分野で深い知識をもった方だなといつも思っています。やはりマガジン繁栄の功労者のひとりだと思います!
流智美様
私が学生の頃から読み続けている流先生の文章。未だに最新の本を精力的に出版されており、本当にありがたい限りです。
流先生のすごいところは山ほどありますが、一番感じるのはプロレス観にブレがないところ!とにかく先生自身のプロレスの見方、趣向、思い、その他もろもろの自身の見解が最初の頃からと全く変わっていない!これは相当すごい事だと思います。
プロレスって定期的に、10年に一度くらいのスパンで”改宗”を余儀なくされる出来事が発生するものです。そしてプロレスファンを自認していた業界の物書き、芸能人、文化人たち、、、結構そのきっかけでいなくなっちゃうことが多いですよね。
んでもって例のピーター本です!あの時プロレスライター達は激震に見舞われたと思うのですが、その対処があまりに情けなかった!最初はやや弱腰に否定してみたりしましたが、読者からこの本がある程度認識され、受け入れるようになると、これを前提として文を書くようになったライターのなんと多かったことか!T・Y氏を先頭に!
同じ内容の話を書くにしても、「一度は真剣勝負前提に文を書き、再度ブック前提で別の見方の文を書いた」わけです。2パターンの見方の文を書いて原稿料をもらう!情けないな~と思いますよ。まだ無視の方が救われる。
その逆、先生の本はピーター本が出たからと言って特に何か釈明をする必要もなく通常運転でコラムや書籍を出し続けました。そもそもプロレスの見方はそれぞれで違うと思いますから、そうであるべきなんです。ただしかし大事件もどこ吹く風で狂わずプロレスの文章を書き続けた流先生は凄いなと心から思います。確固たるプロレス観があるのだと思います。
先生のマガジンの連載、「ジム・バーネットの数奇な運命」は非常に面白かった!NWAもしくはWWFではなくそれら大手に反逆して立ち上げた団体にこそマット界の歴史の真実がある!つくづくそう思った内容でした。別途20号での特別寄稿も実に楽しい内容でしたし。。。
またあの流節を聞く機会の範囲が狭くなるのはとても残念ですが、まだまだお元気そうなのでこれからも健筆をふるってほしいものです。
マイティ井上様
ミック博士の国際プロへの強い思い入れがあってか、頻繁にインタビューに登場されたマイティ井上さん、しかし井上選手の話す内容は昭和プロレスマガジンのコンセプトに非常にマッチしていたと思います。
一時はyoutobeや自身が経営する店舗で昭和期に活躍したレスラーが暴露話をするというのが流行りました。私もネットでその内容を覗いたことはあります。100%嘘だとは思いませんが、意識が憎しみに満ち満ちていて、「従軍慰安婦の生き証人」と称する人のごとく、話すたびに内容を無意識に盛っているんだろうなと思わずにはいられせん。
あとは自身の生活の問題ですかね。悪口を言うためだけの証言なんぞ聞く方も嫌な気持ちになりますよ。どうして話す側の不満をお金を払って聞いてあげて解消せねばならんのか!その点井上選手の話はその手の話とは確実に一味違うなといつも感心しています。
もちろん、井上選手も人の悪口を言わないわけではないのですが、特筆すべきは色々なものに興味を持っているその感性!訪れた国に住む人の特性、政治的バックボーン。民族間の好き嫌い。その国の美しい風景や伝統、国内のレスラーの話ならば、その人がたどって来たヒューマンヒストリーや特性、周囲の個性あふれる面々、、ひとつの出来事を話すときにその手の話がポンポン出てきて聴く側は色々な情景が脳裏に浮かびます。
この人はとても他人に興味があるんだな、自分とは分野が違うものでも興味を持つ人なんだなとつくづく思います。このように自分に利害関係が直接ない事でも記憶にインプットして自身の財産としているのが、世界各国どこに行ってもトップにたてた秘訣だろうなと思うのです。一流のプロレスラーはやはり感性が大事ですよ!色々なことに興味を持つ故あの多彩なテクニックが生まれたと思うのです!
長年身体を痛めつけてバンプを取りながら、自身の思い出として残ったのもは「誰だれはシュートに弱い」「誰だれは金に汚い」「誰だれの話は嘘ばかり」だけでは悲しいじゃないですか!日本人だと野茂英雄どころかマッシー村上くらいだけがなんとかアメリカのみで爪痕を残す程度だった当時の外国のスポーツ界において、コスチュームひとつでヨーロッパを中心として世界中のプロレス興行で重宝された井上選手は素晴らしいと思います。
感性がとても豊かな井上選手のインタビューは毎回読みごたえがありましたし、有難かった!現在は宮崎県・都城にて余生を送られていますが、ミック博士が態々現地に出向かれ収録した回が最高だったと思います。正直レスラーの強さがどうのこうのにより、周辺事項の話が面白い!
「イギリスじゃあ動物虐待が多い」とか「アメリカのように中指立てない」とか「フレンチカナディアンは勇敢」「スペイン人は時間守らなく子供も葉巻ふかしてる」とか、、、あ、どこかで見ましたが「◎◎県人は九州で一番評判悪くて、その県の人が通った後はペンペン草も生えない」とか、、、これは確かにそういわれているので笑っちゃいましたが。こう書いちゃうと悪口ばっかりですが(笑)
私は全日本時代の井上さんも大好きでした!(国際時代は見る事が出来なった!)一番好きなのはヘッドシザースホイップ!ごくまれに2人を相手にして、一人は足、一人は腕を使って相手を挟み2人同時にホイップするという実に華麗な技があります。私はノーテレビの博多スターレーンで井上選手が連続でこのアクロバットな技を出した時は狂喜しました。
技が決まった後、まだ温まっていなかった館内が大きなどよめきに包まれたのを見た時は感動モノでした。井上選手はもう前座に移行しつつある時でしたが。。。。多分当時はニワカのファンが多かったので井上選手のテクニックは薄い部分しか知らないファンが多かったのだと思います。
まだまだ、何らかの形で昭和プロレスに関わっていってほしいものです!
最後に
ミック博士様
本当に、本当にお疲れ様でした。幸いにもイベントやHPは継続し、紙媒体の別冊を継続するが通販はやめる意向があるらしいですね。どちらにしても今後の活動を楽しみに待ちたいと思っております。
今回は約60冊の手持ちのマガジン全てを再度目を通させていただきました。そして思ったことは「ミック博士の考えが徐々に徐々に変わっていくのが良く分るな」という事でした。ただしこれは流先生の「ブレが無い」のと反対という訳でなく、段々とバージョンアップしていったという点です。
マガジンには「最初はこう思っていたが、調べていくうちにそうでなかった事が判明した」的な記述が頻繁に出てきます。それはそれだけ徹底的にそれぞれの事象を調べていたということですし、当たり前の事ですが、自身が一時間違った考えを持っていたという事を表明するのは年を重ねると中々できない事だと思います。
というか、マット界においてのレスラー、物書き、そしてファンにしても事実と異なることを書いたり話したりしてそれがバレた時に無視したり無かったことにしたり、高圧的に言いくるめようとする人が多すぎる!
何度も繰り返し書いていますが、ミック博士のこの常識的な姿勢は私自身がプロレス村の体質にどっぷり浸っていたせいで新鮮に見えた点もあると思います。今回マガジンを見通す中でこんなに安価で内容の濃い雑誌を長年作り続けてくれたことは本当に頭が下がりますし、並々ならぬ苦労があったと思います。20年もやっていれば熱意は徐々に下がって来るものです。でもそれは感じられなかったし何より凄いのが
それをほぼ一人で行った事!
そして休刊の理由が、どうもネタ切れとかそういう事ではなく、購買する側の意図せぬ妨害と言ってもいい行為だと聞くと本当に私自身残念ですし、ご当人も悔しいだろうなと思います。自分が好きなことを自身ではどうしようもできない理由で辞めるというのは。。。
でもミック博士が決断された事なら、受け入れるしかありませんし、その功績に迫る人は今後出てこないでしょうね。本当にありがとうございました。当然残り2号も有難く購入させていただきます。
と、ここまで褒めてきて最後に申し訳ないのですが、、、
叶わないとは思いますが、私の希望を言わせて下さい!最終号では、休止状態となっております
「妄想!プロレス三国志」の完結編執筆を検討いただけませんか!
「イジリやがって!」と怒られるかも知れませんが、私は冗談抜きにあの連載は楽しみにしていたのですよ!中断してしまってかなり残念でした。某ドラゴンのごとく、直接お願いせずに本人のいないところでこんな話をぶち上げるのはフェアでないかもしれませんが、ご検討ください。。。
グダグダと色々な事を書きましたが、これが私の感謝の気持ちです。本当にいい仕事をされたものです。
それでは、また。