こんにちは、みやけです。今回は私の骨髄移植の回想回の16回目です。いよいよ骨髄移植の日も決まり入院、という佳境に突入する訳ですが、その前に、前回に引き続き私がこの病気の発症以来関わることになった周囲の方々について書いてみたいと思います。

私がX(旧ツイッター)を利用するようになったのは骨髄異形成症候群という血液のガンに罹り、ちょうど移植に至るまでの期間中です。はじめは「CMBO」というハンドル名で趣味のプロレスや沢田研二さんの事をつぶやく趣味アカだったのですね。(キャラもアホっぱくしていますw)
しかし病気が深刻化してからはその情報収集を計り、同じ病状の人と繋がる為に別アカが必要だな、と感じて「みやけやすお」というもうひとつのアカウントを作成しました。「CMBO」の方は趣味を楽しくつぶやくアカなので、病気のことばかりつぶやくとフォロワーさんが気を遣うだろう、と感じてそうしたのです。ま、今ではかなりごっちゃになっておりしょっちゅう同じ内容のつぶやきをしていますが。。。
古参のフォロワーさんたちは同年代の方達が多いですね。男女含め数名ずついらっしゃいます。私的には勝手に”仲間””戦友”だと思っております。皆さん多くの困難を乗り越え今に至られる凄い方々です。一部私がSNS及びブログを運営するにあたって唯一トラブルに巻き込まれた事がありますが、その共通の被害者でもある訳です。皆さん覚えているかな~。
しかしSNSで同じ病状の方達と繋がっていくと、どうしても”同じ病状の若者の苦闘”が目についてくる訳けです。こんな事を言うのはちょっと申し訳ないのですが、やはり若い人の方が病気の進行が速いのですよ。

中高年は回復も劇的でない反面病気の進行もゆっくりだったりもする。しかし若者は元気な故、腫瘍もより活発であり短期間で気の毒なくらい症状が悪化してしまう事があるようです。その苦しい症状ってやはりどこかで口にしないと辛さの持って行き場がないと思うのですよ。
世間ずれしていない未来ある若者故、その苦しみの言葉は本当に心に刺さります。私は「若者がこんな50過ぎのおっさんから急に話かけられてうれしいだろうか?いや、多分気持ち悪いだけではなかろうか?」と思ったものですが、それでも勇気を出してなるべくこちらから声をかけたものです。「私の経験値が少しでも治療の参考になれば、また辛さを共有することで少しでも気が収まれば」そういう気持ちからです。
そういうピュアな気持ちからの声掛けでしたから、意外とそこまで気持ち悪がられることもなく、皆さん受け入れてくれたような気がします(笑)しかし悲しい結末に終わることも少なくありませんでした。つい1~2ヶ月前まではとても元気だったフォロワーさんの容態が急変し、しばらくポストがなく心配していると、身内の方が代理でこれまでのお礼のポストを投稿する、というパターンを何度も経験しました。これは「CMBO」アカではまず無い事でした。

そういう経験を何度もしてくると、特に若者が闘病生活を送っている場合心から応援したくなります。正直なところ私なんぞは後2年もすれば年金受給開始期間に入るし、病気になったとしてもその治療の事だけ考えてれば良いんですよ。全然気は楽です。私は会社を1年間休職しましたが「取り残されたらどうしよう」なんて考えはあまり浮かばず開き直っていました。
でも若い人って自身の勉強・受験・仕事・恋愛・子作り等がいったんストップ、もしくはあきらめなければならない葛藤と闘わねばならなくなる、これって本当にキツいと思います。たとえ移植がうまくいったにしても、仕事はスタートの段階から再発、症状悪化に怯えて取り組まねばならない、恋愛も子供の事を考えると、、、、悩みの種は中高年とは比較にならないと思うのですよ。
私も移植を控えた入院中、若くしてこの世を去っていった患者さんを目の当たりにしたことがありました。その方はMさんという方で、私より数日後に入院されてきました。その方は年齢は22,3歳くらい、体格は身長175㎝強、体重はおそらく110キロ前後という堂々とした体格を誇る坊主頭の男性でした。耳の形状的におそらく柔道か何かの格闘技をされていたのではないかと思います。

Mさんはかなりおおらかな方で、上半身裸で病棟内を歩き回ったり、シャワーをすっぽかしたり、少々看護士さんを困らせる患者さんだったようです。「仕方がない人だな~」と思って私は横目で見ていましたが、Mさんは容態がみるみる悪化し、3週間もしたころには外に姿を現さなくなり、部屋の引き戸は常に半開きの状態でカーテンだけ垂らして開けたまま、という状態が続きだしました。
一度たまたまカーテンが開いた瞬間、ベッドに横たわったMさんと目が合ったことがありましたが、頬がこけなんとも悲しい目をしていました。それから約1週間後、私は退院間近だったのですが、Mさんはどうも亡くなられてしまったようでした。
その直前、同年代の友人と思われる人達、男性も女性も面会時間を超え大勢やってきており「ただ事ではないな」と思っていたのですが、それから間もなく部屋の引き戸は完全に閉められてしまい、Mさんの親族と思われる方が何人も訪れ部屋の前で看護師さんに深々と挨拶をしていました。

もちろん、医者や看護師さんたちは「Mさんは亡くなられました」等と言うはずもないのですが、あれだけ若くて屈強な体で、看護師さんから怒られ笑いながら頭をかいていたあの若者がこんなにもあっさりとこの世からいなくなってしまうのか、と愕然とした思いでした。
あくまで個人の見解ですが、若い人は回復の体力がある反面、腫瘍のパワーもまた大きいので信じられないくらい速い速度で病状が悪化するのではないか?そう思うのです。いずれにしても1ヶ月やそこらでこんな結果になってしまうのは本人はもちろん、両親や家族はたまらないだろうな、とつくづく思いました。
そして同じ時期、私はSNS である女性と相互フォローの関係になりました。その方は「きゃな」ちゃんといって、25歳のかわいらしい独身女性でした。おしゃれが得意そうな女の子でした。ポストするたび彼女の屈託のない明るさがにじみ出る優しそうな女の子でした。彼女のXでのアカウントは現時点まだ確認できるようです。
きゃなちゃんの病状は相当に深刻でした。次から次に想定外の悪い症状が重なっていたようです。なにより「辛いなだろうな」と思ったのが「血小板が急激に減りほとんど0になっている為、治療の為の注射が打てない」というものでした。

要するに血液を凝固する血小板が不足しているため、注射を打ってもその注射痕から大量出血してしまうので注射が打てない、というものです。私自身がそのような状況になったら、どう思ったか?おそらく錯乱して周囲に当たり散らしていた、のではないかと思います。
しかしきゃなちゃんは最後の最後まで明るさを失わず、自身の治療の状態を自虐でおどけてみたり、励ましてくれる周囲にも感謝の気持ちを丁寧に述べていました。私の場合きゃなちゃんとは年の差が30近いわけで、下手すると祖父世代!なれなれしく「きゃなちゃん」なんて声をかけたらさぞ「キモッ」と思うだろうな、と最初はおとなしくしていたのですが、同じ骨髄異形成症候群という事が理由かフォロー申請に答えてくれました。
その後もあまりにきゃなちゃんのけなげな頑張り用に、私も「何の役にも立てないかもしれないがあなたの頑張りは多くの同じ病気の患者さんに響いている。心から応援しています」という内容のDLを送りました。少し恥ずかしく勇気もいりましたが、彼女からは丁寧で明るい返信が返ってきて嬉しく思ったものです。

しかしきゃなちゃんの病状は急速に悪くなる一方で、ある日「治療の注射が打てないのにどう生きろと。。。」というツイートを最後に書き込みが途絶え、約1か月後妹さんから「きゃなちゃんが●月×日亡くなりました。フォロワーの皆さんの励ましと応援のメッセージ、ありがとうございました。」という内容のツイートが打たれました。
闘病する若者の「病状が悪化して死期を覚悟したツイート」そして「約1か月後身内の方からの当人が天に召された事と、生前の応援へのお礼」ツイートは何度も体験しました。これは「みやけやすお」アカでしか体験しえない事です。その都度本当につらい気持ちになりますし、なんで神様はこんな若者をこんなつらい目に逢わせるのか!と憤ってしまいます。

そしてそういう人たちって、素直で正直で、礼儀正しくそして自分を表現するのがうまいんですよね。本当になぜこんな人たちがこんな目に逢ってしまうのか?上の画像は無念にも旅立ったフォロワーさん達です。まだアカウントが残っている人を取り上げましたが。。。。かなしおなさんとか印象深いです。
そういう経験を近い所で感じてきたため、私は闘病生活を送っている若者、それが血液疾患患者でなくても「頑張れ!応援してるから!」と声をかけたくなります。傍から見れば単なる気休めかもしれません、若者側からすれば「重いんだよ。。。」と思われるかも知れません。
でもやはり何か気持ちを表したいですよ!私もその側に立ちかけたのだから!そして最後にその若者をケアする親御さんたちについてです。
移植のため入院した病院において、私の病室は小児病棟の隣にありました。「病棟」というか隣の部屋だったのです。髪の毛がなく、点滴をつけたままの子供たちの姿を見るとなんともいえない気持ちになったものです。「この子達が何でこんな苦労をしなければいけないのか?」と
ただしかし、私の入院生活が長引いてくると、その子供達の為に通い詰める親御さん、ほとんどが母親でしたが、その姿に心を打たれるようになりました。親御さんたちは大半がもう朝8時前には病室に入って子供のケアをしており、夜は8時くらいまでずっと付きっ切りでした。

もちろん治療については医療従事者が対処してくれるわけですが、日常生活やメンタル面については親御さんのケアが必要であるのは良く分かります。中には2~3歳くらいのお子さんもいらっしゃいましたし、部屋の壁越しに子供さんがグズる声も良く聞こえてきました。外を自由に駆け回る事さえできず、一日中部屋にいっぱなしで定期的に検査、治療。大人でもグズりたくなりますよ!
そしてその子たちをケアしている親御さんたちはおそらく20代後半くらいの方。みなさんもまた ”若者”なんですよ。本来なら公園で一緒に走り回ったり、遊園地や動物園に連れて行ったりしてわが子と喜びを分かち合い、成長を噛み締めたいところでしょうけど、毎日毎日同じ病室の中で我が子を励ましているなんてご当人も本当に辛いだろうな、とつくづく思いました。
自身の楽しみもあるでしょうし、また週末に訪れるパートナーの方もまた同様でしょう。また入院している子供たちにも兄弟、姉妹がおり、週末父親と一緒にお見舞いに訪れるも、全員の視点が入院している兄弟に向かっているのを見て徐々に微妙な表情になりだす、というのも見てきました。言葉にはできないでしょうけど、”特別扱いされている兄弟へのジェラシー”というのは心の奥底にあるはずなんです。
若い方が闘病生活を送るのは、本人はもちろん、周囲の方々も本当につらいだろうな、と心から思う訳です。肉体的な部分だけでも大変ですよ!もちろん金銭的負担も膨大だし、そして一番大きいのが「ゴールが確実に保証されているわけでないケア」というのはどれだけ心的負担が大きい事だろうか!と。
このような体験を得た末、私は「役には立てなくとも、病気であるとかないとか関係なく、私は常に若者の味方であり続け、応援していこう」と思うようになったわけです。少しだけですが状況は分かりますから。私自身結婚はしていますが子供はいないこともそう考えた大きな原因だと思います。
最近の若者、、、、私と同世代の人間なら何かと難癖をつけるのかも知れませんが、私からしたら「受け入れる力があるなあ」「困難を乗り越える方法を良く知っているなあ」「努力してるなあ」といつも思います。
このブログでも何度か話しましたが、私には妻の妹の一人娘、姪っ子がいます。彼女が8歳の頃からずっと見守ってきて、今は東京で一人暮らし。20代半ばになりましたが、毎年2~3回福岡の私の住まいに遊びに来てくれます。彼女もまた、色々な面で優秀だし、社会人として既に私は追い抜かれたなあ、と感じます。ま、彼女だけでなく今の若者って想像力がちょっと欠けているかとは思いますが(笑)

私もあと2年で60歳、還暦となる訳です。既に始めていますが、自分のやりたいことを満喫するつもりです。同時に若者を応援する姿勢は絶やさないでいたい、と思っています。
今日はこんなところです。さあ、次回からは涙なしでは読むことが出来ない、感動と驚愕の入院生活・移植編となります。(笑)それでは、また。
#骨髄移植
#AYA世代
#骨髄異形成症候群