こんにちは、みやけです。今回は沢田研二さんの話です。

去る9月3日に福岡市民ホールで行われました沢田研二さんのライブに参加してきました。今回もまた長時間の楽しいトークをしてくれたのですが、例によって私は衰えゆく記録力を振り絞って内容を頭に叩き込んできましたので、その内容を文字起こししてみたいと思います。
恒例の企画です。色々感じた事はあったのですが、私の感想などは入れ込まず、今回はトークのみの内容です。それでは、ごゆっくり!(笑)
~ 2曲目 「愛しい勇気」終了 ~
ありがとー!ありがとー!今日は大雨だぞー!元気だったかー?...なんだよ、あの手拍子はよう!全然揃ってないじゃん!ダメじゃん!ダメでしょう!俺まで変になっちゃったよ!
見て!やってみるから!(ジュリー拍手、観客もそれに続く)出来るじゃん!何で?ジャジャンジャジャジャンー、客も続く)見惚れてるからだよ!(爆笑) 見惚れててどうすんだよ!
全くもう!新しい会館だぞ!2回目だぞ!今日はほんとに満員だぞ!(拍手)満員だぞ!何で今まで満員じゃなかったの?
もう凄い低気圧でしょ?ダルッ!78だぞ!頑張れば良いってもんじゃなんだけど、頑張るんだよ!(拍手)どんな天気になるか分からないのによくお越し下さいました!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!メンバーの発表です!

~ 休憩終了 ~
ありがとうございます!ありがとうございます!もう、しんどいよね?しんどいよもう。福岡も地震、凄い揺れたよね?そうなんだ、大変やったね。明日は鹿児島なんですよ。
で、幸いなことかどうかは知らんけど、熊本も定期的に行ってるんですけど今年は無かったんですよ。で、熊本の人もここに来てるし、(地震で)行けなくなりました、という人も1人も無かったんですよ。
えーこんな地震がいつあってもおかしくない、という。南海トラフはいつくるんだ?という、それから関東は富士山はいつ復活するんだという、それはいつ現実になるんだという事を気にしつつ注意して生きていく事やないですか。

で、熊本地震とともに、気温もこれだけ世界的に上がっていて、何でもかんでも異常気象になるという。今でも東シナ海に台風がいて天気予報を見るとこ~~行ったやつがこ~~う行った?
昔だと八丈島の下から上がってきたやつがかすめる程度で行った後低気圧として消える、という。でも最近はどう動くか分からないよね。
でコロナにしてもまだおるわけやん!俺は乗り越えてたと思ってたけど、インフルエンザも冬にだけ気をつければ良かったけど、今はもう出たは出たよと。そういう世の中になっているわけですよ。想像しましか?
でも人生って良い事ばかりではない訳ですよ。
で、(昔の)歌の話をすると、レコーディングスタジオ、あれ最近は高いんですよ。金がかかる。でも今はパソコンで何でも出来るんですよ。そしてそれをどう広めるかと言ったら配信ですよ、配信。
で、それが全世界に届いて、パソコンやスマホで聴けるわけですよ。それでいいね押してフォロワーになったりする、という。一瞬ですよ。

私のことで言うと、イギリスに行ってレコーディングしたんですよ。イギリス!あそこは辛気臭い国や!(笑)セールスはどうなるかと言うと、まず歌をラジオ局でかけてもらわないといけない。
で、その為僕らはバーミンガムとか、北の方ですよ、行ってラジオ局の人にアピールするんですよ。でも、それを聴いている人がうちらの日本語の喋りを真似する訳ですよ。プルプルプルプル。。。(笑)みたいな。馬鹿にしてるでしょ?
結局、イギリスではレコーディングしたのにレコード店の店頭には並ばない。何でかと言うと、ラジオ局でかけてくれて、それがリクエストで何位以上になったら初めてレコード店に置かれます、という。そういうシステム。シンキクサイ!

で、フランスもやった訳や、フランス語難しいのよ。習ったことないもん。ボンジュール位は知ってたけんね。でも練習して「恋人よ、世界の果てからやってきた」という歌を歌うわけよ。※アカペラで「巴里にひとり」をワンフレーズ仏語で歌唱。
んで何回も何回もやって、結局イギリスではレコード店には並びません。収録した、という記録が残らない。ね。ところが、フランスのやつはラジオ局がかけてくれたんやな。
で、テレビも出られたんよ。それは渡辺美佐(渡辺晋夫人)さんの伝手というか売り込みでね。でもなんか嫌やったんよ。で、その頃はまだロックっぽくなくて、シャンソンとかカンツオーネ風とかそういうのもやってたから。
「捨てないで」というタイトルがついている「ヌルジェット・パ」という。それをね、オバさんがラジオ番組で放送するという。最低2回は放送します、と言ってくれたんよ。
どういう放送やったかというと、全部「ヌルジェット・パ」(仏語=捨てないで)と言うのよ。ヌルジェット・パ、ヌルジェット・パ、ヌルジェット・パ、ああ。。。ヌルジェット・パあ~!」そんなアホあほらしいでしょ?欧陽菲菲くらいの売れ方やったと思いますよ。で、そのテレビの効果があったんでしょうな、ラジオでもかけてくれたのよ。

そのベストテン番組で、フランスから急に電話がかかってきて「直ぐ来い!今来なくてどうする!売れてるんや!」と言うんですよ。ラジオの歌番組とかライブ番組とか日本と同じような番組があるんですよ。有名な人、そうでない人が集まって。それでもロッド・スチュアートが一緒なのかもしれませんよ。
そういう大きな番組で歌わしてもらえるようになってさ。それで、ランクもトントン上がって行って、4位まで行ったんや!4位まで!(拍手)それで気をよくしたのかもっとフランスにいようとしたら、日本から電話がかかってきたのよ。
レコード大賞とか取れるわけやないのにさ、取らそうと当時の制作部長が国際電話をかけてきて「今年は布施さんのシクラメンのかほりや。それは第一候補や。」というのよ。
当時僕が歌っていたのは「時の過ぎゆくままに」だったんだけど、「これで推そう」と。でもそんな。もらえる訳ないじゃない!地味すぎるって!「悪魔のようなあいつ」のドラマの主題歌やったんやね。
でもあれ、視聴率めちゃくちゃ悪かったんやで!「いつも裸で気持ち悪い」って!出てくると必ず上半身裸なのよ!(爆笑)

で、サスペンダーしてんのよ!で藤竜也さんと抱き合ってんのよ。それで、「気持ち悪い、気持ち悪い」言われてね。(笑)ごく一部でだけ「新しいドラマ」と言われたのよ。でも歌はヒットしたのよ。そやけど「シクラメンのかほり」でええやん!
でも、いわはる訳や「レコード大賞は布施明に取らせる。でも、歌謡大賞は沢田でええか!」でもね、渡辺プロの力だけで出来る訳ないんやから!でも僕もね、ちょっとは心を動かされたけどね。そんなやり取りがあって帰って来たのよ。
その時に、、、何やっけ?新宿のえらい高いホテルで歌謡大賞の実況があるということで行ったのよ。で、布施さんは「自分が取る」と聞かされてたと思うんよね。
で、最後になってドラムロールがダラ~~ッと鳴って「シクラメンのかほり」!と言われたときに僕なんかは「そうやな~」と思ってたんよ。

で、布施さんの顔を見たら、僕の顔を見てんのよ。「ま、俺が取ったんだからいいけど」みたいな。で、「勝手にしやがれ」はその後なんよね。まあ、こういうのは「機運が高まる」というのがあるのよね。
だから、森さんが取った、それから都はるみさんが取った、それで布施さんやから、「次はジュリーやな」みたいなことになってくる訳やな。
で、五木さんの場合は「五木ひろし」の名前になってから浅いから、最初は「一木」「二木」「三木」それから「四木」。。。(笑)違う?まあ、それは冗談やけど。
まあ、そういう経験をしてきたんだけどさあ、なんか、上の人の言う事も聞かないかんのやなあ」という事になって、それでその日にな、少し仮眠を取ってそのまま成田に行って、フランスにもどったのよ。
なんでかというと「パリの哀愁」という映画を撮ってたんやがな。そしてちょうどテレビの仕事もまだフランスであったんや。パリとかであったんや。だから欧陽菲菲くらいの売れ方は出来た訳よ。(爆笑)「フランス語は無理や」っちゅうのにね。

とにかく絶対に生で歌わしてくれなかったよ。だからね、テレビ業界のことで言うと、イギリスは出たことないからわからないけど、フランスはね、時間を過ぎてるのにまたやっていたりね、早めに終わったりするんだから、空白があったりするんだから。
ま、そんなこんな、そんな時代があってですよ、僕らの時は向こうに行ってしか方法が無かったんだけど、でも坂本九さんの時は行ってないのよ。売れてからしか。
あれは、東芝EMIという会社が「スキヤキ」という名前にして、え~~まあ、かけたんだろうね。いろんなラジオ局とかで。そいうの手をまわしてやったんでしょう。

ところが今では日本に居ながらにして、売れるとか売れないとかそんな時代になりましたよ。でもパソコンの操作だけでお金が儲かったら良いようなもんだけど、桁が違うからね!ね!
でもそういうので儲かった人たちはみんな寄付してはるよ。まあ、僕らみたいなのはしなくていいのよ(笑)そういう人たちはこそっとやってるのよ。名前は出さない!と。そう思うんですけど。如何でしょうか?(拍手)
まあ、こういう時代になって、日本に新しい音楽サービスと言うのが出来たりするんだけど、一切かかわってないからね。こないだ初めて北島三郎さんが功労賞とうのをもらわはりましたよ。それ以外は全部若い人たちばっかりよ。
そういうのがあるから、歌謡大賞とかは無くなってしまいましたけどね。そりゃあそうですよ。いくら作っても視聴率がいいんやったらともかく、良い時ってのは長続きしないし、今テレビ以外が大変な世界や。みんあそれぞれyou tubeとかインスタグラムとか、、、僕はそんなの一切するつもりないからね!(拍手)

だから今までやってきたとおりに、やる訳なんですけど。幸いなことに、コロナのちょっと前くらいだと思うんですけど、渡辺プロからきっちりと、渡辺プロの株を、僕らに貸して頂いていたのを全部買い取って、お金を払って自分たちが本当の意味での独立をしてるわけですよ。
でもね、そうなったとたんにね、誰も何も言ってこないのよ(笑)渡辺音楽出版でさえも、黙ってたらチャリンチャリン入ってくるんだもん。渡辺出版の頃に出した曲がほとんど、今日だって勝手にしやがれがそう、ほとんどそうなんやから。
僕がco-co-loを作るその前に自分が作った曲を管理するために「アニマ出版」という会社を作ってるんですよ。そこが今は 正式な名前になってて、であまり知らない人からは、嫌味な言い方で「どこのプロダクションにいてはるんですか?」松竹のお偉いさんとかがそんな言い方をしたりするんですよ。

まあ、いろいろな困難に負けず頑張っているわけですけど、今までやってきたことを無駄にせず、これからの事もあるし、新しい事をやろうと思っても思いつかないもんね!もう、コンピューターなんか使えないもん!(笑)
スマホで精一杯ですよ。でもポイント活動してますけどね。(笑)使いこなしてますよ。でもここまで来たんですからね、昔は「20歳になったときにどういう大人になってますか?」と記者の人達に聞かれて「まだまだロングヘアーで」とか。その頃はロングヘアーというほどでもなかったのよ。

それでもね、60になるまで歌っている訳が無いがな、という自分に対する評価があったわけですよ。20歳ですよ!だって僕たちの道しるべになってくれる人が皆無だったんですよ。で、僕らの時代は「年取ったら、歌うたいは必ずジャズを歌いなさい」と言われたんよ。
でもそれはしなくてずっと大人になれないまま、30の手前位で大人として認めてくれて、賞とかも頂いて、後は死ぬ気でいけ、みたいな事やん。自力で来たがな、考えたらここまで。(拍手)
だってジャズとかを歌うったって歌う場所が限られるやん、そんな。飲食とかするような所とかそんなのばっかりやからね。
自分の中では、何時まで経っても見に来てくれはる人たちと共に歳を重ねて行って、やっていくのは不可能じゃないと分かる様な時にするのはあった訳やない!あったんですよ。僕の場合は特によからぬ事ばっかりしてますから。(爆笑)
「はい、サヨウナラ」という事は何度もあった訳ですよ。でも、それでも何とか持たして、でも60になった時、僕は楽になりたい、と思った訳ですよ。
でも楽にはさせてくれなかった。(拍手)東京ドームと大阪ドームで80曲歌うという。(拍手)それは辛い訳でも何でもないんだけど、何らかの希望を持ってもらえるものがあったんでしょうね。

ひょっとしたら、沢田研二、ジュリー以外の誰かの推しを見つけたいと思ったことはあったはずでしょ?(爆笑)そりゃあ、自然な流れですよ。それでも、ね、でも僕が今こうしてこの新しい市民ホールの満員のお客さんの前で歌える、(拍手)ま、言うたら気がおうた訳や(笑)(拍手)
僕より凄い人はいっぱいいるのよ。それは比べる事じゃないから。好きになるのは理屈じゃないもん。それは自由なはずや!僕だって自由なんだから!だからと言ってさ、やめるわけないねん!潰し利かないから!なにすんのって?
僕がやって来た事を教えたって、僕じゃない限り出来る訳ないやん!(拍手)でね、今の体形がずっとそうやったとは言いませんよ(笑)
そりゃあ、紆余曲折した結果な訳や。それでも生きてきたわけよね。でも(お客さんが)少しずつ少しずつ減っていくのはしょうがない事や。

そしてふたつあってね。一つはタイガースを辞めた時にほとんどの人が、ま、言うたら多く見積もったって半分の人が去っていったよね。うん、で、残り半分のそのまた半分の人たちは今となっては死んでるよね(爆笑)
ところがね、若い頃はテレビの力でどうにかなったし、存在感ちゅうのを示せたというところが多分あったんでしょうね。(拍手)自分ではようわからんでやってたんよ。
それは言い方として一生懸命やって来た、という。がむしゃらにやってきたという事なんだけど。
それで、いったん少なくなったところから、また再び、なんやろ…..要するに…..新しい人たちにも、私はもっと先の頃からやってのよ、という(笑)(拍手)それが合って、ファンを辞めた人もいれば、新しいところを発見してくれた人たちもいて今に至っている訳ですよ(拍手)

今日なんかでも「これが最後かもしれない」と思っている方もきっといらっしゃるかもしれない。(笑)
ダメですよ!(爆笑)
ダメダメ!あのねえ、ここまできたらねえ、責任取ってくださいね(笑)(大拍手)ほんとにねえ、元気でいて頂かないと困るんですよ。でね、僕だけが元気でもダメなの!
僕はねえ、今までも言っているように、満員のお客様の前でずっと歌い通していたいんですよ。前売りを見てお客さんが来ていただけるかどうか?
そういういうシステムをイベンターの方たちと考える訳ですけど、売れてる人はええねん!そんな心配しなくていいのよ。自分達もそういう時期があった訳やん。
満員にならないところでは、やらない。(笑)正確に言うとできない。できなくなってくる訳よ。昔のように全国津々浦々というのは今は出来ない!だから、今でも人口の多いところは行かしてもらっているんですよ。

でもねえ、かといってさあ、この歳になったらさあ、1000人未満の所では、やるのは、、、辛い(爆笑)いざ満員になっても。。。でもね、かといってね、タダ券ばらまいてね、入れ貰うのとは違う。
スーパーとかのね、レジのところにね、よく置いてあるやん!ああいうのされたら一番惨め!絶対しないよね!お客さんは入れば良い訳じゃなのよ。行こうと思っている人でいっぱいになるのが意味があるのよ!(拍手)

今年みたいにね、大雨になって家族から止められたりする人もいる訳よ。それでも来てくれる。これはもうやめられない(拍手)来てくれるお客さんはねえ、僕の生き甲斐!(拍手)
こんな老後になるとは思わなかった。既に老後やけど。でも大事にされなあかんのや後期高齢者やから。今は国が年金の支払いを下げてやで!それは僕らが積み立てたやつからや。政府がそんな操作をして厚生省の方に金を回そうという。そうなると僕らには回ってこないんじゃないかという。大事にされていないのよ!
高市!ちゃんと寝え!もっと寝え!8時間は寝な!
とうことで、皆さん。どうか元気でいてくださいね。(笑)元気でいてください、皆さん!元気でいてください!そうでないと僕はあっという間に消えてなくなります。
え~~~、とにかく皆さんに元気でいていただきたい、という事で本日の短い挨拶とさせていただきます。(爆笑)
以上でございます!いかがでしたでしょうか?次回は4列目という神席でジュリーの姿を拝ませていただき、驚きの発言があった「鹿児島編」です!なんとかシルバーウイーク前にはUPしたいと思っています!それでは、また!
