馬場戦記 第5巻 王道復活編 感想と私見「馬場さん」でなく「御大」なのだ! 

こんにちは、みやけです。今回はプロレスのお話です、先日発売されました、プロレス評論家の流智美さん著『馬場戦記 第5巻 王道復活編』についての感想文をまたまた書かせていただきます。

この本はまだ発売されたばかりですので、ネタバレになる内容をデカデカ書くわけにはいきません。ですので大枠をなぞりつつ、私の感想そして「ジャイアント馬場の終焉」というテーマについて絞って書いていきたいと思います。

というかネタバレを避ける事になると、書く内容が限定され、なんだか流先生の本を囮にして私がウダウダ自論を述べる展開になってしまうのですが、ご容赦いただければと思います。流先生にも申し訳ないですが。。

掲載されている期間としては1980年からジャイアント馬場逝去までとなります。ということは御大の衰えが顕著になり始めた頃から最期までという事になり、「ジャイアント馬場というレスラーの強さ」という点についてはあまり書きようが無いのも事実だと思います。

というかですね、流先生ご自身もこの本の前書きの段階で「ジャイアント馬場の区切りは1985年7月、福岡でスタン・ハンセンに敗れPWF王座を失った試合である」と明記されています。そして「それ以降の試合は”偉大なるジャイアント馬場というレスラーの残像期間”」とも書かれています。

幸いにも私はこの福岡での試合をリングサイド2列目で生観戦しました。ハンセンのバックドロップで馬場が敗れた瞬間の衝撃は今でも忘れる事は出来ません。観客もまさか完全決着がつくとは思っていなかったんですよ。

控えめに応援していた私の席の周囲の馬場ファンたちは、御大が中々立ち上がれず、対照的にリング上で歓喜のスティーブ・リーガルが振る星条旗のコントラストを呆然と見ていました。今でもその残像は容易に蘇ります。

それを踏まえても、私は流先生の意見に賛同します。おそらく日テレからの勧告もあったかもしれませんが(ゴールデン復帰の条件として馬場は表舞台には立たない?)以降シングルタイトルには挑戦しませんでしたし、何よりもその頃は衰えがさらに顕著だった!

思い返せば1982年2月のハンセンとのPWF戦で「奇跡の復活!」ともてはやされましたが、以降はこれを上回る内容の試合はなかったと思います。というより衰えに加速がかかった!御大については昔から「ココナッツクラッシュが出る時は好調時のバロメーター」と言われていました。

この技は1980年代に入ってからは”封印”していましたが、90年頭頃から何故か復活。しかしその見た目はただ相手の頭を太ももに付けて足踏みをしているだけであり、「元々ダイナミックさが売り物のこの技をこんな中途半端に復活させなくても。。。」と感じたものです。

私が御大らしい技だと常々思っているのは「ジャンピング脳天から竹割り」です。脳天チョップをジャンプして勢いをつけて叩き込む技ですが、野球選手時代を彷彿させて実に迫力満点!

特にファンクスとの絡みで頻繁に使用していた印象です。(テリーの受けがまた良い!)しかし何故か1980年代に入ると入るとほとんど使用しなくなりました。1980年の最強タッグ最終戦での使用が印象深いですが。。。

「32文ロケット砲」よりイージーな技ではないかと思うのですが、逆にこれが出なくなった事が御大の劣化、特に跳躍力の衰えが顕著になった証明ではないかと思ったものです。

思うにハンセンを引き抜いたはいいが、交互にハンセン・ブロディという”あたりの強い”選手と交わらなければならなかった事は当時の自らの肉体にはかなりのダメージではなかったかと思うのです。

ですので、ハンセン・ブロディの間にシン・上田を挟むようにして休憩を入れ体力を回復、ジャパン軍が参戦するとその役目は国際血盟軍に受け継がれた、気がしなくもないのです。そのあたりを踏まえて、御大ご自身は認めていたかどうかは分かりませんが、やはりちょうど1985年頃が”主役”として最後の立ち位置だったと思うんですよね。

以前も書きましたが、このシリーズの開幕戦のメインカードは馬場・石川組対ハンセン・ブラックウエル組というなんの変哲もないカードでした。馬場さんがブラックウエルのおなかに飛び乗った後こけてしまう、というハプニングがありましたが、内容的にはハンセン組が押しまくって石川をラリアット葬という、なんてことはない試合です。

しかし全日本においてジャンボがメインに出場せず、御大だけがメインに出場した、というパターンは実に4年半年ぶりの出来事だったのです。(最強タッグ・チャンカンといった企画シリーズ除く)

その時の詳細は1980年ジャイアントシーズ開幕戦、後楽園のメインは馬場・桜田対ブッチャー・カマタ組、セミは鶴田・小鹿対ロビンソン・ワフー組でした。プロレス興行においての開幕戦のメインというのはそのシリーズの主役は誰か?という事を明示する重要なポイントだと思います。

日テレの松根氏が全日本に参加する2年も前から、開幕戦のメインを馬場が外れることはあってもジャンボが外れる事は無い、という事は、全日本では密かな世代交代は進められていたのです。あの時急に御大のみがメインに出てきたのはやはり何らかの”覚悟”があったのではないかと思います。

この御大の「メインイベンター最終戦」をリングサイドで看取り、ファンと一緒にその悲しみを共有出来たのは馬場ファンとしてこの上ない僥倖ですよ。そして後年某ターザン氏あたりから、御大の「柔らかい」部分をフューチャーして

「馬場さん」

と呼ばれるようになりましたが、御大の全盛時の終盤を体感している者にとっては、今一つピンとこないというか、軽すぎるのです。

やはり熱中してる対象は「呼び捨て」で呼びたいですよ!ビートたけしは「たけしさん」ではピンとこない、私にとっては「たけし!」ですよ!長嶋さんだって「長嶋!」と第1次政権時は呼び捨てされていたじゃないですか!

ですので、どうもこうジャイアント馬場を「馬場さん」と呼ぶのはむず痒い!ですので、このブログでは、現役当時関係者から裏で呼ばれており、対外的によく使われていた

「御大」

で書かせて頂いているのです。お気づきでしたでしょうか?(笑)「御大」なら「社長」としても「世界の16文」としても双方のジャイアント馬場を含んだイメージがありますからね。ゴング誌では評論家からはよくそう呼ばれていましたし。

さて、流先生の本の話に戻ります!ジャイアント馬場について最後の最後まで余すことなく主な出来事について列記し、ご自身のコメントまで付け加えているのはありがたい限りです。猪木さんを上回る計5冊も出版して頂いたのは流石です!

流先生の本は「プロレス史」目線、「ファン目線」にプラスして「ファンサイドからビジネスに関わった目線」が良い塩梅でバランスが取れた文章なのが素晴らしいと思うんですよ!プロレス本はだいたい前者2つのどちらかに偏りすぎなんです。

そもそもプロレスというジャンルは見る側がどう受け取ってもいい特殊なジャンルですから、「プロレスにおける真実」なんて無いんですよ!「記録としての事実」を踏まえながら、「他の意見に影響されない自論」を発するのは実に心地いい!

プロレスマスコミ側から出される「プロレス史」はもう出し尽くされた感があるのですが、流先生の本はあくまで上記のスタンスであり、そしてそのような立場でプロレス論を語っている例はあまり無い。なんだかんだで結局東スポや竹内宏介さん、ターザン山本さんが語ったプロレス論に影響を受けた語りなんですよ。

ですので、流先生の本はやはり買いたくなる!上記のスタンスの書き物は唯一無二と言ってもいいと思います。そして馬場ファンとして、この本を高いクオリティで完了させてもらい本当にありがとう、と言いたい心境です。

ちょとだけネタバレしますと、部分部分で「プロレス史」における私にとっての初見の話が出てきます。

・1981年夏、天龍がロビンソンと組みインタータッグに挑戦してブレイク。その直後の再海外遠征の中止に至る本当の事情。

・1983年限りで「最強タッグ」も「いったん休止」しようとしたが、再度継続に至る事情。

・キッド&スミス組、全日本参戦におけるWWFとの約束事

・輪島がパット・オコーナーからデビュー前に指導受けていた際、オコーナーの指導で飛躍的にスキルアップしたもう一人の選手。

これだけ見ても購買意欲をそそるではないですか!尚且つこの巻も流先生のその時その時の御大及び全日本に対してのスタンスと思いが書かれており、価値の高い本です!

これなら、プロレスファンなら手に取ってみようと思いますよね?そして猪木・馬場と来たわけですから、当然別の超有名選手の本のリリースを期待したいところですね!先生のお考えは私には皆目分かりませんが、、、、流先生なら何かまた書いてくれるはず!(笑)

今日はこんなところです。

それでは、また。

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