こんにちは、みやけです。今回も沢田研二さんのお話です。3回連続となる訳ですが、今回は2回連続でライブを見た私の感想を書いてみたいと思います。

私は9月3日の福岡、および5日の鹿児島にライブ参戦しました。この週は台風が九州南部に接近しており非常に不安定な天候でした。
まず福岡ですが、天気はギリギリ持ちこたえており開場時は傘なしでも移動できる状況でした。会場はもちろん超満員!ジュリーは「なんで今まで満員じゃなかったの?」とおっしゃられていましたが、福岡が満員じゃなかったことってあっただろうか。。。?
この日も会場の雰囲気は非常によく、皆大満足だったと思います。そして会場最前列の席にはえらく急回転で腕を突き上げグルグル回す7~8人の着飾った女性達の姿が。。。

後ろ姿なのでなんとも言えませんが、動きの俊敏さはとても中高年・高齢者には見えず、どう見ても30代、いやもしかしたら20代なんですよね。。。。今までにない光景でした。
私の席は2階席の真ん中位だったので、ジュリーの表情は分かりませんでした。衣装は最初はシルバーメタリックの渋いコートに身をまとい大変にダンディ。その後コートを脱ぎ、青のシャツとブラウンのパンツへ。ただしかし、、、歌唱後半あたりから、なんだかパンツの真ん中あたりに白い点が、、、ま、これ以上は話さないでおきましょう(笑)
歌としては「気になるお前」が一番印象に残りましたね。80歳近いのにこのハードな歌を若者?と一緒に腕を突き上げて絶叫するジュリーは流石だと思いましたよ。

そして鹿児島です。私は前日に高速で移動したのですが、両日とも急にとんでもない豪雨になったかと思うと、すぐ止んで曇りになる、ということの繰り返しで「これは特に高齢者は移動を躊躇するのではないか?」と案じておりました。それは開演2時間前くらいまで続きました。
私は開演前約45分の15時15分頃会場に着いたのですが、雨が降りそうになのに会場前には100人近い人数の人がたむろしており、それを斜目に会場入りしました。
宝山ホールでのジュリーのコンサートは初めてでしたが、姪っ子の学校のイベントで入った事はありました。15時20分の時点で会場は閑散、、、着席しているのは3~4割程度にしか見えず「、、、、、これはマズイ!ジュリー、帰っちゃうのでは?」と思わずにはいられませんでした。

しかし15時45分くらいから続々入館者が増え、あれよあれよという間に16時には超満員!バンドメンバーの入場後、ジュリーがのっしのっしと現れ、全体を見渡し、ニッコリと笑ってぴょんと飛びながら両手で丸印を作ると館内大歓声!私も、そして館内の大半の人たちが「ジュリーがガッカリしなくて良かった!」と思ったものでした。

そしていよいよライブ開始!前述したように私の席は前から4列目。経験したことのない神席です!正面から見てやや右側の席でした。ジュリーは終始サングラスをかけていましたが、その表情はとっても良く分りました。
歌いながら、ステージを頻繁に移動するジュリー。右側の方に結構来てくれた気がします。そして私の正面で「気になるお前」や「マンジャーレ!~」を熱唱する事数回、「え?いま目が合ったんじゃね?」「え?今ニコッと笑ったんじゃね?」と思いたくなる瞬間もありました(笑)真実は闇の中です。
約50年前に意識し、子供の頃からずっと追いかけてきた沢田研二。初めてその生の表情を見ることが出来ました。そしてそれは明らかに、何かこう、人を容易に寄せ付けない孤高の気高さのようなものを感じました。

私は10年くらい前から心理学を勉強しだし、人の性格についてはあらゆるものを”特性”と捉えるようになりました。一般的に「いい性格」「悪い性格」もそれは相対する人が判断するものであり、それは表裏一体です。
なもので、私は仕事上やプライベートでどんなに偉い人、権威ある人に合っても冷静にその人に対処できるようになりました。誰であろうと、いろいろな特性を有した一人の人間です。少し前、10年ぶりくらいに勤務先の社長と相対する事があったのですが、私があまりにあっけらかんと対応するので周囲がヒヤヒヤしているのがよく感じ取れました(笑)
しかし、我らがジュリーは全く違いました。正面に来ると後ろから金色の光が輝いているような印象さえありました。とても「ひとりの老ソロ歌手」とだけでは見れませんでした。それは単に私が子供の頃に熱狂した人にようやく会えた喜び、それだけなのか?

思えば、ふっとした時の表情や、首元を凝視するとやはりそれは後期高齢者のそれだな、と感じるものがありました。しかし、歌でシャウトする際になると、生気がみなぎり正に全身全霊で歌声を私たちに届けようとしているのが本当に強く感じました。
本当に、本当に一生懸命歌っていました。近くで見るとその気持ちが如何なく伝わってきました。これだけ人が一生懸命になっている姿を目の当たりにしたのは久しぶりのようにも思えました。
気が付くと、開始3曲目の「マンジャーレ!~」で私は涙を流していました。
なぜか?ジュリーの
一生懸命な姿
を見ると、心が熱くなり涙を流さずにはいられなかったのです。「数々の輝かしい経歴!」(本人談)を引っ提げたジュリーは還暦前の私の目の前で喉を全開にして歌っているのです。そのシーンは自身が亡くなる前に走馬灯が巡るように私の心を揺さぶりました。
私自身では知らなかった時代においても、ジュリーはずっとずっと、このテンションで一生懸命歌ってきたのだ!と自然に感じ取ることが出来ました。
何かそれは”レジェンド”と言われる人たちが形だけ全盛時のふりをするわけでなく、「俺は歌う事を貫き通して来たんだ!」と言わんばかりの、圧倒的な迫力でした。「50年間ジュリーを応援してきて良かった!」心からそう思いました。

私は両親を亡くしてからは親戚の高齢者と接する機会が増えました。父も長男、私も長男ですので自然な流れです。その中にはまだまだバリバリ仕事しており元気な人もいますし、すっかり病弱になって意思疎通が難しい人もいます。でも流石に「現役感」を感じさせる人はまずいません。頑張っていても、元気はなく、静かに生きています。
しかし、ジュリーは違った!とにかく歌に沿ったテンションを全開で歌うのです。特に「気になるお前」なんかは「年上のあこがれの女性に、甘えて振り向かせる歌」ですので、とても78歳に似つかわしい歌ではないのですが(笑)ジュリーは一生懸命歌うのです。
多分、私がファンになった50年前も一生懸命歌っていたはずだと思うのですが、ここにおいてもまだその意気込みを持ち続けているとは!もちろん、声の可動域や動きは以前より狭まってはいます。しかし全力で歌唱することの迫力でそれを吹き飛ばした!泣かずにはいられませんよ!

最前列から10列目くらいの観客はほぼみんな立ち上がり、ジュリーと一緒に腕を天に突き上げていました。しかし私は立ち上がってはいましたが、感動のあまりなんだか皆と同じ行動をとる気にならず、ジュリーと一緒に歌っていました。口を大きく開けて。前半は全て歌詞を覚えている歌だったので。
ひょっとしたら、ジュリーにしたら、「4列目で、立ってはいるが何故か一人だけ腕を上げず、歌っているオッサン」ということで否が応でも目に入ったかもしれません。自分でもよく分かりませんが、何故かそんな行動をとっていました。
そして休憩後、前回のブログで書きましたように、ジュリー自身の口から、今年の自身の誕生日には旧友との別れに立ち追うために鹿児島に来ていたことを涙ながらに語りました。会場の驚き具合はなんとも言えないものがありました。こんな場にまで立ち会う事が出来るなんて。。。
高速の開通が間に合わなかったり、台風が鹿児島を直撃した場合は、ライブのキャンセルも頭にはありました。一応博多は見ていますから。しかし前4列という神席はこの先経験することは無かろう、「ジュリーが呼んでいるのだ!」と思い、強行参戦しました。

つくづく「ジュリーを信じてよかった!」と思いました。私の妻は長年SMAPのファンを続けてきました。それも中居君のファンでした。解散と一連の事件により心に傷を負い未だ立ち直れていません。
50年近くファンを続けた私は、途切れることなく歌を提供してくれ、最後の最後の方で特大のプレゼントを頂けることになりました。こんなパターンはそうそうないのではなかと思います。芸能人は徐々に徐々にフェイドアウトしていくものです。
9年前、2017年のデビュー50周年記念ライブ。私は9月の福岡公演のチケットは購入していましたが、開演日2か月前に自身のがんの悪化が発覚。2週間の検査入院(抗がん治療のテスト)を経て強行参戦したライブでも私はジュリーが最後に連呼した「いつまでもお元気でいてください!」の言葉に会場でひとり号泣し、その言葉を闘病中の心の支えにしました。

今では鉄板ネタみたいなセリフですが、それまではひと言軽く話す程度だったのです。しかしあの時はなぜか、何度も連呼してくれた!あの時もジュリーの言葉が自身のお守りとなりましたが、今回は一生の宝物をもらった気がしました。
思い入れの強弱はあったにせよ、50年間ずっと応援してきて、最後の方で立て続けにいい思い出を作ることが出来ているのは本当にシアワセです。ジュリーは81歳以降も音楽活動を目論んでいるようですし、もっといい思い出を積み重ねることが出来るかもしれません。

こんなところです。私の福岡&鹿児島のジュリー追っかけ旅。体力&天候的にかなり不安な気持ちもありましたが、行ってよかったとつくづく思いました。鹿児島では安価でおいしいものばかり食べれたし、皆親切だったし。
連戦はもうないでしょうけど、また神席で見たいものだとつくづく思いました。仕方がない、責任を取らねば!(笑)
それでは、また。
